517豚 制圧

 ガガーリンの言葉から、俺はリオット・タイソンが生きていると確信していた。けれど場の雰囲気が俺とロッソ公の会話をこれ以上許さなかった。


 ロッソ公が攻撃を受けたことで、空気の質が一気に変わる。守るべき主人に刃を向けられたロッソ公の兵士によって、空気は緊迫感に包まれていた。

 彼らは一斉に騎乗し、騎士たちの馬の蹄音が地面を響かせる。


「お前たちは事の重大さを理解しているのか! ロッソ公を手にかけるなど! これがタイソン公の御意志と言うのであれば――各位、杖を抜け!」


 途端に豹変するロッソ公の部下たち。

 戦闘力はギャリバーよりも格上で、明らかに戦闘に特化した騎士たちだ。

 彼らの声には力持つ貴族特有の力の響きがあり、常日頃から大勢の兵士を指揮しているのだろう格を備えていた。この場に集うタイソンの兵団は大半が平民なのだろう、明らかに彼らの声に萎縮してしまっている。


「ロッソ公はエデン国王の真なる盾であり、冬楼四家ホワイトバードの一角ぞ! 冬楼四家ホワイトバードへ手を掛ける意味を、思い出してもらうぞタイソンの兵士ども!」


 タイソン公がヒュージャックに連れて行った者達がタイソン軍の主力なのだろう。巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルに残された者達は、タイソン公の主戦力とは程遠い。


「さらにヒュージャック侵攻など、国内へさらなる憂いをもたらす行為! この大馬鹿者供が!」


 高らかに叫ぶ騎乗の男が空に魔法を打ち上げる。

 それは青の狼煙となって素早く空を切り裂いた。


冬楼四家ホワイトバードへ与えられる特権を超越せし行い――ロッソ公は断じて許さぬ! 無論、我らもだ!」


 俺は奴らが迅速に動き出した姿を見て、ああ、慣れているなあ、やってるなあ……なんて感想を持ってしまった。

 明らかに、彼らはこのような事態でさえも想定していたんだろう。


「逆賊タイソン公の帰る場所など、このサーキスタにあるものか! ――我々はこれより巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルを制圧する!」

 ロッソ公のどこか悲しげな表情が、何故だがひどく印象的だった。

 


 そこからは圧巻だった。

 森の中から現れた騎乗する騎士たち数百人。彼らは即座にタイソン公の兵団を縛り上げ、城を占拠した。城壁にはロッソの旗が並ぶ、鮮やかな手並み。


「……」

 これによってロッソ公は、タイソン公が支配する城を勢力下に収めたわけだ。

 城の中に入るにはまだ危険とのことでロッソ公は暫くの間、城の外で俺と共に彼らの仕事ぶりを見習っていた。


 ガガーリンは気を失ったまま、念入りに縛られていた。正体不明の俺の扱いは、ロッソ公が信用出来る者だとの声で一定の信頼を勝ち取ったらしい。俺はロッソ公がガガーリンを討ち取るために雇っていた協力者――そういうことだ。


 柔軟な対応力。

 これもまた、大貴族の当主ともなれば求められる資質なんだろう。


 しかし呆気にとられる早業だ。

 入念な準備がなければ、こうは行かないだろう。巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルがロッソ公の手勢によって制圧されてゆく様を見つめながら、ロッソ公は俺に語りかけた。


「私と君の立場を明確にしておきたい。君にしても、異論はないだろう」

 勿論、異論はない。今この場でロッソ公と敵対する気にもなれなかった。


「まずは、この男だが――」

 ロッソ公は視線を下げ、気を失ったガガーリンを見つめしゃがみ込む。


 だが。後にして思えば、俺たちの対応はまずかった。俺たちは一刻も早くヒュージャック跡地に向かわなければならなかったのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る