511豚 ロッソ公

「タイソンの者どもよ、道を開けよ――! ロッソである!!」

 ロッソ――それはタイソンの名に匹敵するサーキスタ大貴族の名前であった。

 

 今まさにタイソンの兵士たちは、俺に拘束されたガガーリンを助け出そうと、彼らが持つ杖から攻勢魔法を噴き出そうとしていた時だった。だが、ロッソ公の声がそれを止める。


「――タイソン公の兵士は勇猛だと聞いていた! だが、この場には彼らとの実力差にも気付かぬ愚か者しかおらぬとは実に嘆かわしい! それでもタイソン公から城を預かるものなのか! 断言しよう、諸君らがあの者を攻撃した先に待つ結果は無慈悲な死だ!」

 数人の手勢を引きずれて突然現れた壮年の男。幾つもの勲章を冬楼四家ホワイトバードの外套に引っさげて――権力者特有の重々しく、力強い言葉。

 さらに、男の外見だけで男の立場の高さが伺えた。


「ロッソ公! 勝手な真似は謹んで頂きたい。ガガーリン様は我らタイソンの客人」

 タイソン兵を統率する男が止めるが、ロッソ公には構うところがない。

「客人だと? あの男が? 身も心も懐柔されたか大馬鹿者め! タイソン公不在の中、領地を預かる男までもがヒュージャック奪還の言葉にどこまでも踊らせおって! 外から見ておれば、タイソンが捨て石にされているようにしか見えぬ!」

「……」


 大貴族を束ねる者を気迫というべきか。ロッソ公の登場によってタイソンの兵士たちは明らかに動揺していた。ロッソ公は傍に倒れ込んだガガーリンの部下を一瞥し、笑う。

 内心で息を吐く。……こりゃあまた、とんでもない大物が出てきたな。ギャリバーの奴、あんな大物が城の中にいるなら先に言っといてくれよ。


 あれはロッソ公だぞ。

 サーキスタの重要人物ライアー・タイソンに並ぶ権力者だ。


「ロッソ公……繰り返しになりますが、ガガーリン様は……」

「口説いぞ! お前、誰に対して口を聞いてる! 私はロッソだぞ!」

「も、申し訳なく……しかし、この土地はタイソン……いかにロッソ公といけど……」

「ほう! 私と敵対するつもりか、面白い……おい、何をしている、お前達の武器を下げろと言っているのだ! 私の声が聞こえないのかッ!」

「……は。ロッソ公、仰せのままに」 

 ロッソ公の言葉が戦場に広がり、タイソンの兵士たちは俺に向けた武器を下げる。兵士たちの武器を下げさせたロッソ公は満足げに頷き、こちらを見つめる。「タイソン公の遠征に同行したと思っていましたが……嫌な男が来ましたね。いいですか、あの男は――」俺の尻の下で勝手に喋り出したガガーリンの頭を掴み、また荒地にぶつけた。ガガーリンは鼻から血を流し、「分かりました、黙りますよ……」そうだ、それでいい。お前に自由にさせて貯まるかよ。


「……」

 俺たちの様子を見つめ、ロッソ公は満足そうに頷いた。

 しかし……おい、本当か。ここでアンタが出てくるのかよ。


 サーキスタの貴族社会を説明するうえで冬楼四家ホワイトバードは欠かせない。

 サーキスタの貴族は必ずと言っていいほど、冬楼四家ホワイトバードのどれかに所属しているからだ。ギャリバーの家系、ブラックエン男爵家のような曰く付きの末端貴族は冬楼四家ホワイトバードから相手にされていないので、例外もあるが、基本的にサーキスタの貴族社会を仕切る大貴族。


 タイソン公より二回り若いロッソ公――金髪をなびかせ、堂々とした姿。

 自信に満ち溢れ、自らの行いが正義であると疑わない権力者の在るべき形。


北方ドストルの内輪揉め、同士討ちか知らないが、都合がいい。利用させてもらう」


 ロッソ公は、血気盛んな男だ。タイソン公が老練な大貴族であれば、ロッソ公は当主を継いだばかりで野心を持つ男だったか。騎士国家でもロッソ公は未来のサーキスタを支える若き公爵として名前が知られている。

 ロッソ公は目を爛々と光らせて、俺たちを見つめる。


「タイソン公に恨まれようが、私にはサーキスタへ入り込んだあの者を殺すために神から与えられた絶好機に思える――」


 ロッソ公は、役者だ。大仰に振り返り、ツカツカと歩いてくる。そんなロッソ公の歩みを止められるタイソン公の兵士はいない。ガガーリンが小さく舌打ちをする。そして再び俺の支配から身体を解き放たれようと――ああ、これはこいつにしては分かりやすい行動だ。

 なるほど。ガガーリンとロッソ公の関係は、険悪か。ロッソ公がこの場にいる理由――タイソン公と繋がっているかと思ったが、そうではない。

 ロッソ公は、ガガーリンを明確に敵視している。


 サーキスタの大貴族ロッソ公は、俺たちまで後一歩のところで止まった。そしてガガーリンが何か口を開こうとしたが、俺は魔法でこいつの口を止める。

 俺の行動が正解とでも思ったのかロッソ公は満足げに深く頷き、ガガーリンと俺を見比べる。そして口を開いた。


「君。その男を、サーキスタのために殺してくれないか?」

 端的で簡潔な物言いだった。同時に反発するタイソン兵士の声が響く。一部のタイソン兵は、再び武器を手に取り俺たちに構えている。その中にはロッソ公に向けている者さえ。


 そして、こう言うのは直感だ。

 この男だ。この男の行動が、間違いなくサーキスタの未来を変える。

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