510豚 タイソン家に並ぶ大貴族
顔面を血だらけにしながら、ドストル帝国の軍人ガガーリンは口の中に溜まった血を吐いた。
「私を殺すつもりはないと……そのような姿勢が伺えますね」
俺を観察するように目を光らせている。
「さあ、どうだろうな」
「分かりますよ。私と同じように、貴方も主人を持つ身だ。ここで私を殺せば私が所属する陣営と貴方の陣営、全面闘争。まだその時じゃない、そうでしょう?」
分かっている。ガガーリンは今すぐにでも殺した方がいい。
この男と敵対状況を続けるなんて、あのお人好しのシューヤでさえゴメン被るだろう。何せアニメの中では、このガガーリンに無慈悲なトドメを与えたのはシューヤだ。
「……私もまだ志半ばの身なので、これ以上の暴行は勘弁頂きたい。降参しますよ」
そう言うと、ガガーリンは力をこめていた身体を弛緩させた。
「ほら、降参です。今なら私を楽に殺せますよ、だけど貴方はそうしない。つまり、私の言葉は遠からず……ということでしょう?」
「……」
俺はいつだってこいつを殺せるのだ。
この圧倒的不利の状況で、冷静になれるところに同族嫌悪というものを感じてしまう。ガガーリンはどちらかと言えば参謀タイプだけど、自らが盤上の駒になれる力を持っている。たった一人で敵地に赴く度胸も、勇気も、対応力も揃った使い勝手の良い人間。
「で。私に何を求めますか? 何が目的ですか?」
「……」
「ロメオ殿下がサーキスタを取ることが気に入らないと? 貴重な
「答えるわけがないだろう」
「ええ分かっていますよ。ただ南の地で、私のような立場の者と出会うことは稀ですから」
ガガーリンが仕えている人間は帝国の王族であり、帝国の王族といえば常に殺し合っている。特に今の国王が病や床に伏すような状況にある時は、国王の血を受けついだ子供たちの殺し合いは加速する。
そういう仕組みを、闇の大精霊が生み出していた。
「私たちは異なるドストル帝国の王族に仕えている人間……その前提で話を進めましょう。否定しても良いですが、大陸の南側に私たちを躊躇なく制圧する人間がいること、さらに都合よくこのタイミングで現れるなんて……考えられないですから」
「……」
ガガーリンには何も教えてやらない。こいつは毒だ。
「私ばかりが喋っていますが……徹底していますね……反応してくれてもいいでしょう。ああ、残念。貴方とのお喋りもここまでのようです。来ましたよ――私の味方が」
ガガーリンを助けるために現れたのは、サーキスタの人間たち。
「貴様、何者か! ガガーリン様を離せ!」
タイソン公がヒュージャックへ向かった後、城へ残された兵士たちだ。練度としては、タイソン校がヒュージャックに連れて行った兵士たちの方が遥かに高いのだろう。
近寄らせないよう俺も魔法で牽制していたが、ここまでか。
タイソン兵にずらりと取り囲まれる。
「ガガーリン様、無事ですか!?」
「無事に見えるのなら、タイソン公に貴方の雇い入れを止めるよう進言しましょうか」
周囲の状況を確認する。タイソン公の兵士たちが緊張した様子で俺を取り囲み、睨みを効かせている。
俺が数度、兵士に向かって火球を飛ばしていたから、完全に敵扱いだ。
「……」
はあ。ガガーリンの奴、よくここまでサーキスタに溶け込んだもんだ。サーキスタの人間ってのは、とっつきにくい奴らばっかりなんだぞ? しかも、だ。
こいつらはサーキスタ大貴族のあのタイソンに忠誠を誓う人間だ。ガガーリンがドストル帝国の人間だってことは知られているだろう。それなのに……。
下でガガーリンが汚れた顔でくつくつと笑っている。
俺にしか聞こえない小声で。
「どうするつもりですか? 私の教え子を殺したように、彼らも殺しますか?」
「……大したもんだな、ガガーリン」
「私がタイソン公の関係者にどれだけの恩を売り、取り入ったと思っているのですか。彼らは私の味方ですよ。ええ、勿論。これだけの関係を築くこと、苦労しましたよ」
タイソン公の領内において俺の味方はいない、か。分かっていたことだけど、自分が祖国から遠い他国にいるという現実を突きつけられた気分だ。
兜を脱いでも、意味はないだろう。むしろ奴らを逆上させる可能性の方が高い。
俺はもう……死んだ者扱いなんだから。
だけど、この場でガガーリンをむざむざと逃すつもりもない。こいつは自由になれば――今以上の混乱をもたらすことが確定している。
さて、どうするか。俺を囲むタイソンの兵士たちがジリジリと距離を詰めてくる。奴らもガガーリンの卓越した魔法使いとしての力量を分かっているんだろう。
だからこそ、そんなガガーリンを足蹴にしている俺に対してあれだけ警戒している。
「タイソンの者どもよ、道を開けよ――! ロッソである!!」
ロッソ――それはタイソンの名に匹敵するサーキスタ大貴族の名前であった。
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