509豚 悪い椅子

「何たる……力任せの魔法ですか……」


 ガガーリンが巨鯨の眠る城ホエール・キャッスル、周りに広がる荒地の上に押しつけられている。


「貴方――無詠唱の魔法使いノーワンドマスターとして、気位プライドはないのですか……」

 俺の魔法から逃れようと息も絶え絶えになりながら、奴はそう口にした。

「やめておけ。そんな隙を与えるか。それにガガーリン、お前も似たような手口を使おうとしていただろうが。俺に言えた口かよ」

「……気づかれていましたか。名が広まると、辛いですね……しかし……まさかサーキスタに私以外の無詠唱の魔法使いノーワンドマスターが送り込まれているとは……」

 勝利の余韻に浸る余裕なんかない。俺は倒れ込んだガガーリンを見下ろして、これからが大変なのだ。




 ガガーリンの腕や足は骨折していた。

 立ち上がろうとして、何度も俺の力によって抑えつけられた結果だ。あんまりにも抵抗が激しいものだから、俺がガガーリンの背中に腰を下ろした。


「お前、良い椅子とは言えないな。ガガーリン」

 屈辱に耐え忍ぶガガーリン。北の人間は総じて気位が高い。部下を殺された上に、これは辛い仕打ちだろう。


「貴方、素晴らしい性格をしていますね。私に屈辱を与え……これ以上何が望みですか?」

「望み、か。望み……そうだな。まずは、お前が北から連れてきた者の名前を全員吐け」


 俺の尻の舌で、ガガーリンの身体が震えた。


「何も言いませんよ。貴方が私に何も教えてくれないのに……どうして私だけが? それより言葉に気をつけるべきでは? 今の言葉で分かりましたよ」

「何がだ」

「貴方。何も知りませんね。あの無能なエデン王の目、ギャリバー・ブラックエン風情と共にいるのでもしやと思いましたが……情報源としてもあの男の価値は限りなく低い。知っていますか? 貴方がタイソン公を追わせたあの男がどれだけ無能か――」

「黙れ」


 ムカつくので、右手でガガーリンの頭を掴み、荒地に打ち付ける。一度、二度、三度と。ガガーリンの口からくぐもった声と血が流れる。奴は必死に俺の魔法から逃れようと死力を尽くすが、俺だって本気だ。限りない力で奴の力を抑えつける。


 同時に巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルから出てくるタイソンの兵に向けて牽制の魔法を放つ。あいつらが来る前に一対一でこの男と話したい。

 

「こ、この場で即座に私を殺さないのであれば…………な、何が望みですか? 痛めつけるなら、もっと激しく……やりなさい……慣れていますが……拷問のやり方で見えてくる事実もありますから……」

 知っている。ガガーリンの服の下――その身体には無数の消えない傷。だけど、ドストル帝国の王位継承権争いに関与するとはそういうことだ。 

 敗者には死を。勝ち馬に乗れば、莫大な権力が与えられる。

 さらに俺は、この男が勝利にためにどれだけ汚い手を使うか知っていた。


「ガガーリン。お前がファナに恨みを抱いている事実は知っている」

「……ええ。私は、あの娘を百度殺しても消えない……。出来るなら……この手で殺してやりたいです……ロメオ殿下に止められなければ……ファナの首を落とす役割は私のはずだった……」


 ファナ・ドストルに敵は多い。

 あれは生まれついた瞬間に、闇の大精霊ナナトリージュの後継者と噂されるような規格外の人間だ。

 小獅子の軍勢は、勝ち馬のファナ・ドストルに乗って好き放題した連中だ。ファナに勝利を与えるために奔走した奴らの行い、その恨みは全てファナに集中している。


 ガガーリンが俺の下でため息を吐いた。

「……何が目的ですか。私の身の上話が聞きたいのですか……? それとも私と手を組む為に……? なら貴方は手段を間違えました……ロメオ殿下の目が退かぬこの地で私が貴方と――」

「薄汚い口だな、黙れよ」

 四度目――ガガーリンの頭を荒地に打ち付ける。


 この状況が大切だった。

 正体不明の人間がタイソン公に取り入ったドストル帝国の重要人間を抵抗不可能の状態に追い込んだ――この状態が重要なんだ。


 巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルには、いないのか。

 南の大国サーキスタ大貴族、冬楼四家ホワイトバード筆頭タイソン家。ヒュージャック奪還に向けて反乱を起こした、ライアー・タイソンの行いに疑問を持つ者はいないのか。


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