499豚 タイソン公の部下たち

 固い扉に何かが突っ込む音がした。

 木製の扉に巨大な鉄球がぶつかったかのような音だった。扉がぐらつき、外から光が漏れ出した。けれど、光は一瞬のこと。


「喜べ、ブラックエン――タイソン公直々の命令だ! 王の手先は、さっさと死ねってよッ!」


 扉が壊れ、怒声が部屋に響き渡ると、鎧を着込んだ大勢の男が雪崩なだれのように押し寄せた。




 部屋の扉は激しい攻撃によって激しく破壊され、続々と鎧に身を纏った男たちが入ってくる。その動きは正確で連携がとれている。雇われじゃなくて、正規兵みたいだな。


 あーあ、物騒な連中だよ。奴らは皆等しく怒りを携えて、ギャリバーを見つめている。

 あいつ。何人か斬ってきたみたいだからな。そりゃあ怒るだろう。


「ヘイ、ギャリバー・ブラックエン! エデン王に忠誠を誓ったお前にとっては最悪の状況だろうな! タイソン公は、エデン王を見限ったわけだ!」


「どんな気分だ、ブラックエン! お前がエデン王の目だってことは分かっていたからな、タイソン公はお前に情報が届かぬよう細心の注意を払ってたようぜ。地上の軍勢を見て、お前が逃げ出さなかったことだけは褒めてやるよ」


 俺たちがいる場所はあの巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルの地下らしい。ならば、急に入ってきたあいつらはタイソン公の部下なんだろう。


 部屋に殺到した騎士たちは装備を身につけ、兜をかぶり、鎧に身を包んでいた。それぞれが剣や槍を手にし、後方には魔法使いの姿も見える。


 だが俺を隠すようにして前に出たギャリバーはふんと鼻を鳴らした。


「へえ! たった一人にしては随分な数じゃねえか。あの慎重なタイソン公らしいと言えばそうだが、俺を買い被ってくれてんのか? それともびびってるってわけか? タイソン公にビビられるんなら、俺も大した男になったってわけだな!」

「誰がお前などに――! タイソン公は遥か先を未来を見ているのだ! お前など、路傍の石に過ぎぬのだ!」


 確かに騎士らはギャリバーを警戒しているようだ。たった一人にしては大所帯すぎるように思えるからな。


「それ以上喚くなよ、ブラックエン! みっともないぜ、エデン王の腰巾着が! それに俺たちがびびってるだと? 地上で意識を失った者を数人見つけた……貴様の仕業だろうがギャリバー! 恨みは返す!」


「ああ……あれか」


 ギャリバーが剣に手を掛けた。恐らくそうだろうと思っていたけど、ギャリガーは杖を用いて魔法に頼る魔法使いタイプじゃない。王室騎士のような、騎士のスタイルだ。


「あいつらはヒュージャックで略奪行為に走るとかなんとか言ってたからな。確かにヒュージャックは滅亡以来、誰の手も入っちゃいないから、城や民家に入れば金品の類も残っているだろう。騎士の風上にも置けねえ無粋な奴らだと思っちまってな、つい切っちまった。それに奴らの言葉を聞いて思ったモンだぜ、タイソン公も情けねえ男になっちまったってな」


「盲目なエデン王の信者が……タイソン公の何を語るかッ!」

「何言ってやがる……タイソン公だってエデン王と同じだろ。ドストル帝国の人間が側近の一人になってから、すっかり変わっちまった。一体どんな言葉を帝国の人間から掛けられたんだろうなあ、そこだけには興味があるぜ?」


 咆哮する騎士たちの姿は確かに勇ましいが、ギャリバーは揺るがない。あいつ一人だったら間違いなく勝ち目がない状況だけど……。チラチラ、と俺の方へ意識を向けている。

 そのでかい背中からは、た、助けてくれるんだよな? ってはっきりと書いてあるようだ。はいはい、わかってるよ。その時が来れば、助けてやるって。


 それより気になる言葉があったんだ。

 ドストル帝国の人間が側近になった……だと?


「ギャリバー・ブラックエン! タイソン公とあの無能なエデン王を一緒にするなッ! 奴が王になった途端、湯水のように金を使い、民にのしかかる税は重く、栄えるはサーキスタ王都のみだ! 貴様が王の手先であってもエデンが起こした惨状になんとも思わんのか!」


「俺はエデン王の目であり、騎士だからな。そっちは専門外だ、悪いけどな」

 

 ギャリバーはやれやれとばかりに頭をかいた。


「なあ……おい! あれは誰だ? 」


 その時だった。敵の一人が、ギャリバーではなく、その後ろに目を向けたんだ。


 ギャリバーの後ろにある者と言えば、大勢から慕われていたらしいリオット・タイソンやその仲間たちの死体である。そして他には――俺ことスロウ・デニングの存在だ。

 勿論、死体じゃなくて生きている。


「……ギャリバーに仲間がいたのか?」

「聞いたことがない。ここは巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルだぞ。タイソンの本拠地に王の手先なんて……それこそ王の目であるギャリバーぐらいしか――おい! お前は、何者だ!」

 

 俺は無言でヘラヘラと笑ってみせた。深い意味はない、なんとなくだ。

 騎士たちは俺の存在に明らかに混乱していたし、その様子がちょっとだけ面白かったからだ。折角だし、もうちょっとだけからかってやろうかな?

 

 すると敵の一人、斧を持った男が「す、スロウ・デニングだ……あれは、デニングの鬼子だ……」と呟いた。

 恐怖におののいているその目は、はっきりと俺の姿を捉えていた。


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