498豚 そして、火蓋が落とされる
「……なあ」
ギャリバーは対面に立つ俺の向かって、指を突き立てた。
「気づいているかもしれないが、俺には人に言えぬ目的があってな。スロウ・デニング。お前にも大層な使命があるんだろう。そこで提案なんだがな――」
悔しくも、ぞくっとするような大人の色気を携えて、エデン王に忠誠を誓う騎士は――俺は見つめた。そして語る。
「俺はこれより……逆賊タイソン公を討つための仕事に取り掛かる。そこでな、スロウ・デニング。お前。俺に協力しねえか?」
結論を言えば――ギャリバーという男は、ただの騎士ではなかったようだ。
俺が目覚めた時、一人で酒を飲み愚痴をこぼしていた男だったのに。
地上の騒ぎから戻ってきたギャリバーは剣を床に突き刺して、体を温めるために軽くジャンプしている。鎧を着込んでいるが、身体の動きは随分と軽やか。
「サーキスタを統治するエデンって国王は病的なまでに保守的な男でな。俺みたいな監視役を各地に散らし、貴族の動きを見張ってやがる。さらにブラックエン男爵家、つまり俺の家は歴代の国王にそうやって尽くしてきた卑しい一族ってわけだ」
次にあいつは腕を回し、肩と胸をほぐすためか大きく腕を振った。剣を取り上げ、腕を上げて、剣を大きく振ってさえ見せる。剣の軌跡は騎士らしく綺麗なものだった。
「サーキスタの魔法学園を卒業した俺に与えられた仕事の一つは、
あいつは手足を曲げたりひねったりして、体をほぐす簡単なストレッチなんだろう。鎧の重さにもかかわらず、その動きは正確で統制が取れており、一つ一つの動作が滑らかで優美であった。
「スロウ・デニング、ここに眠るこいつらはな、全員がタイソン家を継ぐ筈だったリオットの信奉者だ。魔法学園の生徒だった時から、リオットの仲間として知られたもので……お前には関係がねえが、王の目として生きることを定められた俺からすれば……そりゃあもう眩しい奴らだったよ。性格もそれほど悪くなかったしな、俺みたいな底辺貴族にも優しかった。まあ、たまにだがな」
剣が空気を切り裂くと、鉄の音が響き渡る。
「全員死んじまった。あっけないもんだよな。こいつらは別に悪人だったわけじゃないんだぜ。リオットを筆頭にいい奴らだったよ。俺が寝ずの番に立候補しちまうぐらいにな」
まるでギャリバーは、剣を自分の身体に合わせて調整するかのように巧みに動かし――。
「後継者を失ったライアー・タイソンは、腹を括った」
――止まった。
「スロウ・デニング。俺もリオットらを殺した奴が本当は誰なのか興味もある。あの騎士国家ダリスの大貴族、デニングの若様が人生を棒に振るぐらいだ……興味もあるけどな、もっと大事なことがあるわけだ。ブラックエン男爵家の人間は、サーキスタ貴族の嫌われ者だが代々の国王に忠誠を誓ってきた。父親もそのまた父親も、国王のために生きた。俺だけが、その業から逃げるわけにゃあいかねえのよ」
けれど、ずっとギャリバーの語りを聞いているわけには行かなかった。
「おい……お前、上に行った時に何してきたんだよッ」
扉の外から重い足音が響いている。天井のさらに上から聞こえる地響きのような振動とは違う、それは人の声が重なり合う異様な騒音だ。
「スロウ・デニング。俺はブラックエン男爵家の人間で、決してエデン王を裏切らない。エデンは立派な男ではないかもしれないが、俺はあの男の前で膝を付き、誓いの言葉を口にしたんだ。あの時の言葉がな……リオットが死に、タイソン公が反乱を起こした今、頭の中から離れねえんだよ。俺は王の目として生き、エデンは――」
「おい! 俺は、何をしてきたのかって聞いてんだッ!」
足音はさらに大きくなり、刻々と近づいてくる。
「俺には野望がある。ブラックエンの名を、俺の代でチンケな貴族から成り上がらせる。そのための道具が俺の前に現れた。もしもタイソンを討ち取れば、俺の名前はサーキスタの歴史に残るに違いない。なあ、お前もそう思うだろ?」
扉の外から大勢の叫び声が聞こえ始めた。
叫び声は狂気的で、聞く者を恐怖に叩き込む力強さを持ち、怒りに満ちていた。
こちらへ近づいてくる奴らはギャリバーの名前を呼んでいる。耳をすませば、ギャリバーの首を今すぐに取れって恐ろしい言葉さえも聞こえた。
「それになスロウ・デニング。この
明らかに敵と判別できる奴らが近づいてくる。
それに耳に届く叫び声で……あいつが上で行った具体的な行動も分かった。
「しかも、お前は一回死んでんだ。もう一回死ぬぐらい、大したことねえだろうが」
冗談だろこいつ――あの短い時間で、数人を斬ってきたようだ。
こうなれば、俺も腹を括るしかなかった。
「……サー・ギャリバー! お前に協力した場合の俺のメリットは、あるんだろうなッ」
それは次第に近づいてくるが、ギャリバーに臆した様子はない。
あいつはちらりと目を向けて――扉がその足音とともに激しく揺れ始めた。
「そうだなスロウ・デニング。俺に手を貸せば」
――その言葉の先が続けられることはなかった。
固い扉に何かが突っ込む音がした。
木製の扉に巨大な鉄球がぶつかったかのような音だった。扉がぐらつき、外から光が漏れ出した。けれど、光は一瞬のこと。
「喜べ、ブラックエン――タイソン公直々の命令だ! 王の手先は、さっさと死ねってよッ!」
扉が壊れ、怒声が部屋に響き渡ると、鎧を着込んだ大勢の男が
――――――――――――――――
ここからひたすら戦いが続く予定。(長かった……)
スロウが隠れることをやめて表舞台に立つ戦いの始まり。
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