500豚 デニングの魔法

 騎士たちは俺の存在に明らかに混乱していたし、その様子がちょっとだけ面白かったからだ。折角だし、もうちょっとだけからかってやろうかな?

 

 すると敵の一人、斧を持った男が「す、スロウ・デニングだ……あれは、デニングの鬼子だ……」と呟いた。

 恐怖におののいているその目は、はっきりと俺の姿を捉えていた。




 デニングの鬼子なんて呼ばれる筋合いはないが、部屋に突入してきたあいつらが面食らっていることは明らかだった。まあ、無理もないか。ギャリバーの話じゃ、俺が死んだことはサーキスタの医師たちによって確認されてるぐらいだもんな。


 なんでタイソン領地の巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルまで連れて来られたのかは謎だけど……スロウ・デニングが生きてるとあっちゃな。


 死人が生き返るなんて狂気は、物語の中だけで十分だろう。


「ふ、ふざけんな! スロウ・デニングは死んだ! そいつは偽物か、我らの見間違いだろう!」

 ドタバタと最前列にいた数人の騎士が止まり、口々に騒ぎ出す。

「に、偽物なわけあるか! 俺はあいつが暴れていたところをこの目で見たんだ! あのふてぶてしい顔を見ろ! どこをどう見ても――スロウ・デニングではないか!」


 おーおー、戸惑ってる。戸惑ってる。

 戸惑いの余り、エデン王に忠誠を誓うギャリバーを殺しに来たことさえ忘れている。「死霊の魔法があると聞いたことがある! 誰かが、スロウ・デニングの死体を操ってゾンビに――まさか、ギャリバー! 貴様、あのエデン王の手先とされるだけあり……禁忌の魔法に手を染めたか! この愚か者が、恥をしれ!」


 いやいや、死霊の魔法とかどんだけだよ。

 そいつは闇の魔法の伝説クラスの魔法だよ。俺だって試そうとすら考えないぞ。ドストル帝国の中には死霊の魔法に手を染めている奴らがいるが。


 俺は頭の中で嬉々として笑うドストル帝国の魔法使いたちの姿を思い出して、ゲンナリとした。

 きっとこの先、あいつらと敵対する羽目になる。


 ファナ・ドストルを助けるとは、そう言うことなのだ。

 未来を想像するだけで嫌〜な気持ちだ。

 あいつらと敵対したくなかったから迷宮都市で頑張ったのにさ……。


「おっもしれーな……俺が死霊の魔法って……」

 ギャリバーは何がツボに入ったか知らんが一人で笑ってる。死霊の魔法を研究する奴は大体が相応の雰囲気を持つものだ。陰の気というか、そう言うものだ。

 ギャリバーとは真逆だよ。


「貴様――な、何を笑う!? スロウ・デニングだ! 貴様の後ろに立つは、あのデニングの……鬼子ではないのかッ! スロウ・デニングは、ギャリバー! 貴様にとってもエデン王の企みを阻止した怨敵だろう! ファナ・ドストルは未だ見つかっていないのだぞ!」


「ええい、構わん! 地下で時間を喰っている場合ではないのだ! 二人とも殺せ! それで終わりだ! ヒュージャックに向かったタイソン公に早く合流せねば――」


 おお、切り替えが早いやつがいるな。俺としては奴らの混乱具合をもう少し堪能したい気持ちもあったけど――タイソン公はもうヒュージャックに向かったのか。

 あそこで好き勝手されるのは俺の心も痛む。


「退いてくれ」

 俺は背後からギャリバーの肩に手を置いた。騎士たちが剣を振り上げて、こちらへ向かってくる。後方の魔法使いがきちんと魔法で騎士らの急所を守ってる辺り、冷静だ。

 流石、タイソン公の正規兵か。混乱しても、規律は取れている。


「おう。頼りにしてるぜ。死霊魔法で蘇ったゾンビ殿……」

「うるさい」


 俺はギャリバーの隣に立ち、用意していた魔法を発動をさせた。

 奴らが混乱して時間をくれたお陰で下準備はとっくに済んでいる。

「……」

 一筋の優しい風が、乱暴に部屋の中へ入ってきた騎士たちの頭の周りを通過する。魔法の風が男たちの頭上で滞留出来たことを確認すると、俺は風に重い衝撃を与えた。


風の衝撃で、頭を揺らすショック・ウィンドショック


 俺は無詠唱の魔法使いノーワンドマスターだから、別に詠唱を言葉にする必要はない。

 それでも俺が無詠唱の魔法使いノーワンドマスターであることは、一般に知られていないからな。スロウ・デニングといえば全属性の魔法使いエレメンタルマスター――手札をわざわざ開示してやる必要もない。


「あ、ああ…………あ、そんな……」 

 一人一人に合わせた気流が強烈に渦巻き、彼らの頭をぐらりと揺らした。

 激しくバランスを失った身体は簡単に床に倒れる――その様子はまるで糸が切れた操り人形。


「ここまでの差が……」

 中には俺の魔法の猛威に耐えようとする剛の者もいた。風に体を揺らされながら、倒れた状態から立ち上がり、剣を持って歩き始めようとする者もいるが……。

「……差が」

 けれど、無駄だ。俺の魔法に一兵卒が耐えられるわけがない。

「――あるのか……」

 

 ――あるんだよ。

 サーキスタの兵士で俺が苦戦する可能性があるのは冬楼四家ホワイトバードの本家か、アリシアの兄姉といった王族連中、それか……あの湖の騎士エクスぐらいのものだろう。


 全員が気を失い、物言わぬ身体へ移行するのに時間は必要なかった。一人また一人と倒れ込んでいく騎士らを見て、ギャリバーは呆気に取られたように。


「はあー、すげえなあ。スロウ・デニング。デニングの人間ってのは、皆そうなのか? それともお前がデニングの中でも特別なのか?」

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