497豚 騎士の目的

 ――巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルの地下にて。


「なっ、なんだなんだ!スロウデニング、俺を脅そうたって、そうはいかねえぞ! だが、まあ……言ってみろよ」


 嫌な予感がした。何故、エデン王がこのタイミングで武装蜂起に近い行動に出たのか。もし俺の予感が当たっているなら、素晴らしい戦略としか思えなかった。

 それはサーキスタがさらなる強国になるための、誰も予想もつかない始まりの一手。


「サーキスタの狙いは……だ」


 ●


「――ははあ、ヒュージャックだあ? 何を言い出すかと思えば、スロウ・デニング。お前は黄泉の国でお告げでも聞いてきたのか?」

 サーキスタの目的はヒュージャックだと告げたら、俺の言葉をギャリバーは鼻で笑った。


「滅亡したヒュージャックは大国の悩みの種だが、あそこは次第に強力なモンスターも住み着いていると聞いてるぜ。俺はその内、ダリスが先頭に立って諸国を連れ、モンスターからヒュージャック奪還を目指すと思うが、少なくとも今じゃねえだろ。スロウ・デニング。お前はあの少女を助けようとしたこともそうだが、頭がイカれてるな。妄想家かよ」


 無理はない。余りにも突飛な考えだからだ。それに巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルの城主――タイソン公といえば忠義に厚い好人物。

 ライアー・タイソンは誰からも尊敬を集める男だ、それはこのギャリバーにとっても同様の認識だろう。


「な、何だあ!? 」

 だけど、突然地上からドンドンと地響きのような音が聞こえて、天井からは埃が幾つも落ちてきた。突然伝わってくる外界の喧騒。壁に耳を寄せると……この音はもしや……大勢の軍勢が行進を始めた音のようにも思えた。その重厚な足音が地下の壁に響き渡る。


 振動もまた、俺たちがいるのだろう地下の部屋に伝わってきた。最初は微かな振動であったが、振動は激しさを増し、床まで揺れ始めた。


 地上で何かが始まった――その時、ギャリバーの顔つきが明らかに変わった。

「……」

 目が細められ、何かを覚悟した顔つきに。

 あいつは立ち上がり、俺を見た。


「いいか、スロウ・デニング。勝手に部屋を出るなよ。巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルに詰めている人間はお前の敵ばかり。部屋を一歩でも出れば、お前は終わりだ。わかってるだろうが、馬鹿な真似をするなよ」


「寝ずの番……を放棄していいのか?」


 寝ずの番はどの国でも神聖な仕事だ。普通は放棄なんて許されない。

 だけどギャリバーは、安置されている騎士たちの死体を横目で見回し。


「大事な仕事だが……もしもあのお人好しのリオット・タイソンが生きていれば、死者を見守るよりも大切な仕事があるって言うだろうぜ」


 と、そう言い残してギャリバーは部屋を出ていった。


「……俺を一人にするとか。あいつ、やっぱり馬鹿だろ」


 普通だったら俺が生き返ったことを仲間に報告すべきなんだろうが、サー・ギャリバーはそんな気はさらさら無さそうなのだ。

 あの男ギャリバー、エデン王に忠誠を誓った騎士と言うが、どこか行動がチグハグだ。

「……」

 もしかして何か別の目的があるのか? そもそもタイソン公の派閥ではない男が巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルにいる理由だってよく分からないけどな。


 ギャリバーは数分後戻ってきた。

 顔つきは部屋を出て行った時と同じように冷静だ。いや……違うな。もっと心の深い部分が変わっている印象を受けた。

 一人で酒を飲んだくれていた時の、やさぐれた印象が消えている。

 それにギャリバーの服装が変わっていたのだ。

「――スロウ・デニング。お前、サーキスタの狙いがヒュージャックだって言ったな。それはあながち外れじゃなかったぜ。ほら、地図も持ってきてやったぞ」


 あいつは網目状のデザインが特徴的な、金属製のプレートを組み合わせた鎧を着込んでいる。さらに金属のリングをつなぎ合わせて作られた鎖帷子まで鎧の下に着用しているようだ。つまりそれは――騎士としての戦闘装束に他ならなかった。

「ついでに食い物もな。腹、減ってるだろ」

 そしてギャリバーは机の上に地図を広げ、俺に向かって何かを放り投げた。それは籠だった。食糧のつまった籠。食べ物を見た瞬間、俺の腹がぐううと鳴った。


「……タイソン公の…………遂に……捕まえたぜ……」

 ギャリバーは独り言を呟きながら、地図に目を落としている。指で巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルの存在するサーキスタ領土最西端を示し、ヒュージャックへと指先を流していく。

 そして俺はというとカゴの中から冷くて硬いパンを取り出してもぐもぐ。この際だ。文句 は言うまい。食べながら、俺も地図に視線を落とす。上で何が起きているのか聞こうとしたが、ギャリバーは真剣そのものだった。

「……」


 とても話しかけられる雰囲気ではない。

「……なあ」

 ギャリバーは対面に立つ俺の向かって、指を突き立てた。


「気づいているかもしれないが、俺には人に言えぬ目的があってな。スロウ・デニング。お前にも大層な使命があるんだろう。そこで提案なんだがな――」


 悔しくも、ぞくっとするような大人の色気を携えて、エデン王に忠誠を誓う騎士は――俺は見つめた。そして語る。


「俺はこれより……逆賊タイソン公を討つための仕事に取り掛かる。そこでな、スロウ・デニング。お前――俺に協力しねえか?」


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