496豚 進軍、開始
「勇壮なるタイソンの勇士たちよ! 我が孫リオットは常々、私に語っていたものだ! 領地を隣接せしヒュージャックが、モンスターに蹂躙される現実は我慢ならないと! ヒュージャックが占領された先は、我々が被害を被るのではないかと――!」
そしてロッソ公の目の前で――。
戦友とも、尊敬すべき恩人とも言えるタイソン公の演説がはじまった。
「我々は北方の脅威を前にして、余りにも無知すぎた。北からモンスターの大軍がヒュージャックの襲来し、我々は何も手出しをしなかった。その結果はどうだ。ヒュージャックは助けを求める間もなく滅びた。今でも思うのだ。あの時の決断は正しかったのだろうかと」
熱を上げるタイソン公の演説に、タイソンを支持する貴族たちが大声をあげていた。
貴族たちもまた、帝国のガガーリンによってタイソン公が誘導されているということは十分に分かっているのだ。それでも、それでも、彼らには負い目があった。
ヒュージャックと領地を大きく接する大国は二つ。
騎士国家ダリスと、サーキスタだ。本来であればヒュージャックがモンスターに襲われていると情報を得れば、二国は即座に駆けつけねばならなかった。
しかし、二国は動かなかった。ダリスもサーキスタも、ただ様子を見ただけだ。
そしてたった数日のうちに、ヒュージャックは陥落した。ヒュージャックを守りし風の大精霊は敗走し、ヒュージャックを統べる王族たちは全員が死んだ。
「我々は皆、負い目を感じている。サーキスタの中でも特に、ヒュージャックと領土を接するタイソンの人間であるからこそ、あの日の選択は正しかったのかと、我々はエデン王の決断にただ従うだけでよかったのかと、今でも夢に見るのだ」
タイソン公は、経験豊富なサーキスタの重鎮だ。
騎士国家で言えば、あのマルディーニ枢機卿にも匹敵するサーキスタを支える幹である。そんな男がエデン王と袂を分かち、今からヒュージャックを奪還すると叫んでいる。
タイソン校の決断が未だにロッソ公には信じられなかった。
――これは夢ではないのか。
あのタイソン公がドストル帝国の人間に惑わされるとは思えない。だが、今の言葉は嘘偽りはなく、タイソン公はヒュージャックについて常に思いを馳せていたのだろう。
「我が孫リオットは、ヒュージャックに手を差し伸べるべきだと後悔していた。あの時のリオットはまだ十代になったばかりで、それでもあいつはヒュージャックが滅びたと報告を受け取った日は涙を流していたものだ。あの時のリオットの様子を……忘れられない」
タイソン公は腕を振り上げ、声を張った。
「私はただ一人の男として――愛するリオットの夢を、果たしてやりたい。だからこそ、志しの半ばで死んだリオットの剣“
大地が揺れた。歓声が沸き起こった。
地割れが起きるのではないかと錯覚するぐらいの振動。その余波は当然、地下に届いているだろう。リオット・タイソンが眠るあの場所にも。
タイソン公は背筋を伸ばし、その場にいる全員の注目を集めるような威厳のある存在感を放っていた。鎧に身を包み、髪をきれいに整え、その目には内なる炎を燃やしている。
カリスマ性と雄弁さを兼ね備えた、生まれながらのリーダー。
それがタイソン公という人間であった。
「タイソン公! 行きましょう! リオットと共に!」
「我らも同じだ! 我らもあのリオット・タイソンを愛していた!」
「勝利をヒュージャックの民へ捧げるのだ!」
「タイソン公! 我らの忠誠は貴方のものだ!」
城に集う数々の貴族たち。タイソンに忠誠を誓うものの姿は眩しいぐらいだ。
生涯をサーキスタに忠誠を誓い続けた、未来ある孫を失ったタイソン公は今まさに命を燃やし尽くそうとしている。
タイソン公に付き従う者達はヒュージャックに向かい、大勢が死ぬだろう。
それでも、彼らはヒュージャックへ向かうのだろう。
「我々はヒュージャック滅亡の最後にすら立ち会うことすら出来なかった! 我々はヒュージャックを見捨て、大勢の友は長き眠りについた! 友の亡骸は未だヒュージャックに眠っているのだろう! もう限界だ! 私は――もう後悔したくないのだ!」
数千の軍勢が、ライアー・タイソンの言葉に共鳴して吠えている。
タイソン公の力強い演説がピークに達すると、タイソンの軍勢はより活発になり、タイソン公の声は軍勢の興奮を熱狂的に高めた。
「もはやあの地にヒュージャック王族はいないのだろう! だが、ヒュージャックは人間が生きる大地だ! モンスターに支配されたヒュージャックなど、認められるものか! もはや、エデン王ではない! 我々が歴史を作るのだ! そのための戦力を
彼らタイソンの人間は“ヒュージャックを助ける立場でありながら助けなかった”。
それは彼らの心に深く根差した後悔の現れなのだろう。
ロッソ公には言葉が出なかった。
ヒュージャックと領地を隣接するタイソンの男たちだからこそ、圧倒的な後悔を抱え続け生きて来たのだろうとロッソ公は推測した。
彼らは“ヒュージャックを助ける立場でありながら助けなかった”
それは彼らの心に深く根差した後悔の現れなのだろう。ロッソ公には言葉が出なかった。
「タイソンの子たちよ! お前たちの力を貸して欲しい! そしてリオットの夢を――! モンスターに支配されたヒュージャックを取り戻すのだッ!」
その言葉ひとつひとつが、印象に残るものであった。
タイソン公の軍勢はさらに興奮し、声を荒げた。そしてタイソン公は彼らに向けて、「力を貸して欲しい」と呼びかけた。
大貴族タイソンからの言葉を聞き、彼らの瞳は決意に輝き、体にはエネルギーが漲っている。士気は最高潮で、サーキスタの兵士として近年見たことのない力強さに輝いている。
演説に応える軍勢の熱量はロッソ公の胸を熱くするもので、叶うことならロッソ公もタイソン公に同調し、ロッソが抱える軍勢と共に進軍するべきだと感じてしまった。
「タイソンの子らよ、諸君らに問おう。今より我らは正義を執行する! これより我らは西方征滅軍を名乗り、あの日守れなかったヒュージャックの地を! 命の果てる前にヒュージャックを奪還する! タイソンに連なる者達よ、この俺に着いてこい!」
ロッソ公は従者を呼びつけ、その耳に何かを吹き替えた。
従者は深く頷くと、その場を即座に跡にした。ロッソ公は腕利きの騎士を
ロッソ公は従者に命令を下したのだ。
騎士らと共に王の都へ向かい、タイソン公の反乱をエデン王に、伝えるべしと。
「…………」
――無論、ドストル帝国の
それはリオット・タイソンら若き騎士たちを葬ったやり方と同様に――。
――――――――――――
次回から暫くスロウパートです。
数千のタイソン軍勢を止める力はスロウにはありませんが、主人公らしく苦労してもらいましょう。
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