495豚 ロッソ公の後悔
「――さあさロッソ公、ここまでですよ」
ドストル帝国に籍を置く
そしてパンパンと手を叩きながら、ガガーリンはロッソ公に近づいた。激しい敵意を浴びせられながらもガガーリンは意に介さず、ロッソ公の腕を取った。
「これからタイソン公は無謀にも……いや、失礼。勇敢にも歴史を作るために立ち上がるのです。騎士国家ダリスに先んじる一歩を。彼は、タイソン公は踏み出そうとしているのですからねえ。それは歴史に刻まれる英雄への道しるべと言って然るべく。ただの傍観者であるロッソ公が邪魔をしては、いけないですねえ?」
「――貴様アッ!」
もはや――ロッソ公はあの男に対する苛立ちを隠そうともしなかった。
ロッソ公は長い指で顎を押さえながら、目の前の敵対者と向き合う。息を整えながら、ゆっくりと呼吸。ロッソ公は冷静さを取り戻すために、自分自身に冷静にあれと心で言い聞かせた。
自分は何も出来ない――この男、ガガーリンはサーキスタに深く根を張ってしまった。
それがただ口惜しい。
「ロッソ公。内心で何を考えているか当ててあげましょうか?」
「……」
ロッソ公は歯をぎしりと、食いしばる。
「今更、私を排除しようとしても遅いですよ? どれだけのサーキスタ貴族が私に感謝しているか。中にはロッソ公、貴方の忠臣だって大勢いますからねえ」
――ダリスとドストル帝国の間で和睦がなされてから彼らは現れたのだ。
エデン王やタイソン公といったサーキスタでも随一の権力を持つ者の傍に、現れた。勿論、ロッソ公にも奴らは近づいた。
「ロッソ公。私の魔法のお陰で再び歩けるようになった者が何人いるか、私の力によって生涯付き合っていかぬ病から解放された者がどれだけいるか……知らないとは言わせませんよ?」
サーキスタにとってダリスは目の上のたんこぶのようなもの。
例えドストル帝国の人間であったとしても……限りなく有能な人間であれば、サーキスタの力として取り込み、南方での影響力を拡大させ――あの強国ダリスを屈服させることさえ可能だろう。
そしてガガーリンを筆頭に、サーキスタに現れた彼らは有能すぎたのだ。
彼らの力を本当の意味でサーキスタの支配下に置くことが出来れば、サーキスタは南方で最も輝ける強国となるだろう。
「大貴族とされる貴方が私を排除すれば、ロッソの名は地に落ちるでしょう。ロッソはドストルの人間を扱いきれず、恐るるばかりだと笑われることでしょう。貴方に比べてタイソン公の豪気なこと。あの方は我々の力を利用しようとしているのですから」
「…………ぐぬぬ」
今ならわかる。
自分達は用心せねばならなかったのだ。するりとサーキスタの権力中枢に入り込んできた北の人間たちに。無論、警戒はしていた。ロッソに近づくドストル帝国の人間は、全てロッソ公が排除したのだから。しかし、他の大貴族三家は――ロッソとは違った。
「……貴様ら、毒虫であろうが」
「おやおや。私が毒虫であれば、そうですなあ。タイソン公を毒虫を喰らう猛獣に違いありませんなあ! そしてロッソ公……ならば……さしずめ貴方は、ふうむ、毒虫を怯える小鳥のようなものですか。あっはっは、これは愉快だ!」
ロッソ公は――もはや、大貴族タイソンの中枢にまで食い込んだあの男ガガーリンを排除できなかった。あの男はサーキスタで最も優れた水の魔法使いよりも価値ある回復魔法の使い手であり、彼の魔法によって死の病床から蘇った者すらいるのだ。
その腕前はロッソ公も到底否定出来るものではない。
そしてガガーリンは、巧みにサーキスタの窮地をタイソン公へ語り、荒廃したヒュージャックの領地奪還を訴えた。
あの土地ヒュージャックがどれだけの価値を持つか、それぐらいロッソ公も理解している。ドストル帝国の脅威を前に、放って置かれたヒュージャック。
あの領地は南方の大国であればどの国も喉から手が出るほど欲しい要所だ。
だからこそガガーリンは、迅速な進軍をタイソン公に促し、タイソン公は決断したのだ。
「勇壮なるタイソンの勇士たちよ! 我が孫リオットは常々、私に語っていたものだ! 領地を隣接せしヒュージャックが、モンスターに蹂躙される現実は我慢ならないと! ヒュージャックが占領された先は、我々が被害を被るのではないかと――!」
そしてロッソ公の目の前で――。
戦友とも、尊敬すべき恩人とも言えるタイソン公の演説がはじまった。
――――――――――
早くガガーリンとスロウを対面させたくてたまらない……
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