492豚 サーキスタの目的

 ワインの皮袋をひっくり返しながら、その中に入っている酒を最後まで舐めとろうとするサー・ギャリバー。その振る舞いには、卑しさが染み付いていた。

 ギャリバーは、酒が完全に無くなってしまったことに悪態を突きながら――。


「――この場所から出れば、お前もわかるさスロウ・デニング。お前が閉じ込められているこの場所こそが、あの狼少女を最も恨み、ダリスを打ち負かしたい勢力の巣窟なんだからな。俺が誰のことを言っているかわかるか? 分からねえなら、教えてやる。愛する孫のリオット・タイソンを殺されて、怒りが沸点を超えた冬楼四家ホワイトバード筆頭。ここは、エデン王を超える権力の持ち主ライアー・タイソン、ライアー公が支配する巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルなんだぜ」



「…………」


 ――ここは巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルなのか。


 気づくと、ガッツーンと頭を殴られたような衝撃をうけた。

 さらに一瞬、時が止まったように感じた。巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルと言えば、サーキスタ本土の中で最も巨大な領地を持つあのタイソン公の本拠地だ。

 あの夜、孫が殺された怒りをぶち撒けていたあのじーさんが治める領地である。


巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルって言えば西方の地だろ! 地図だ! 地図をくれ! サー・ギャリバー! 今すぐに!」


巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルの外観はすぐにでも思い出せる。


「あーん? スロウ・デニング、どうして俺がお前のために行動しなければならねえんだ。俺はサーキスタの人間で貴族としての立場は低いが……これでも王に忠誠を誓った騎士だぜ?」


 巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルはその壮大な背丈と堂々とした壁で人目を引く巨城だ。

 城壁は空に向かって高くそびえ立ち、まるで過ぎ去った時代の歩哨のように周囲の田園地帯を見守っている。城は近くの丘から切り出された石で建てられており、一つ一つの石が正確に配置されているため、難攻不落の要塞として有名だった。


「サー・ギャリバー……騎士ならばお前は誓約したはずだ! “無辜むこなる者たちを守るために命を尽くす”と!」


 自分の居場所を理解して、声を荒げてしまうほど俺は焦っていた。

 死んでしまったとはいえ、高位の騎士や俺の身柄は価値あるものだ。きっと俺が寝かされていた場所はエデン王の近くに、サーキスタの中央だと思っていた。つまり、俺たちダリス使節団が送られた、水の大精霊が住まうあのでっかい湖の近くだ!

 だけど巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルといえば!


「急にどうしたんだよ、スロウ・デニング。さっきまでは落ち着いたくせに、巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルの何が都合が悪い」

「時間が無いってことだよ! サー・ギャリバー! 地図だ! 地図を持ってこい!」


 巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルといえば、サーキスタ領内で最も西部にあった。騎士国家ダリスに最も近く、と隣接している。


「お、おい! 急にどうしたんだ、スロウ・デニング。生き返ったばっかりだってのに、真っ青な顔してるぜ……まるでゾンビみたいに……」

「黙れ、サー・ギャリバー! もうお前の無駄口に付き合ってる暇もない!」


 確証はない。証拠もない。

 アニメ知識によって生み出される、確定された結論でもない。

 これはただの推論だ。だけどあの土地のことを、このタイミングで思い出した。

 未だ統治者が現れぬヒュージャック、荒れ果て見捨てられたシャーロットの故郷の近くに俺はいるんだって思ったらピコーンと思いついてしまった。


「王に忠誠を誓った騎士なら、俺の言葉に耳を傾ける必要があるはずだ。サーキスタの騎士だって、王が誤った道を進めば真正面から王の目を見て道を示せって文節があるはずだろう! ――エデン王、いや、エデン王じゃないのかもしれない。だけど…… 断言するぞサー・ギャリバー。お前が忠誠を誓った国の進む先は破滅だ。もし、これから告げる俺の言葉を笑い飛ばせば、お前は一生後悔するぞ」


 サー・ギャリバーに詰め寄った。頭一つ分は大きい長身の騎士。

 俺の変わりように恐れを抱いたらしいサー・ギャリバー。


「なっ、なんだなんだ!スロウデニング、俺を脅そうたって、そうはいかねえぞ! だが、まあ……言ってみろよ」


 嫌な予感がした。何故、エデン王がこのタイミングで武装蜂起に近い行動に出たのか。もし俺の予感が当たっているなら、素晴らしい戦略としか思えなかった。

 それはサーキスタがさらなる強国になるための、誰も予想もつかない始まりの一手。


「サーキスタの狙いは……だ」


 

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