490豚 助けられた命
崩れ落ちる石の天井は、ファナの目に、混沌とした破壊の象徴として映った。荒削りの石の塊が、埃と瓦礫の滝となって流れ落ちている。
落ちてくる巨大な瓦礫、その光景は完全な破壊であった。
確実なる死を前にしても、ファナ・ドストルは不思議と心が落ち着いていた。彼女は死なないと思っていた訳ではない。これで闘争の日々が終わるからだ。
戦う日々も、逃げ回る日々も、心を擦り減らす毎日に別れを告げることが出来るからだ。
ファナは落ちてくる瓦礫から逃れようとはしなかった。
彼女はただ受け入れようとした
楽になれる、逃避だとも理解している。けれど、いいじゃないかと。十分に戦ってきた。結果は褒められたものじゃないが。
きっと、先に散っていった仲間たちも自分の選択を理解してくれるはずだ。
よく頑張ったと、胸を貼って帝国の仲間と会えることだろう。
だけど、後悔があるとすれば――最後に自分を助けようとした彼のこと。
――どうして私を助けたようとしたのか、聞けなかったことが、唯一の無念。そんなファナの回想は唐突に終わりを遂げた
「ふざけないで!!!」
力強い腕がファナを掴み、身体が浮化された。有無も言わさない強引な力で引っ張られてファナは身体を起こされた。そのままの勢いで壁際に、ファナはまだ崩れていない壁にぶつかった。いや、ぶつけられたと言うべきか。
天井が崩れ落ち、何もかもを道連れにするはずだった。
つい先刻までファナが倒れていた場所には、巨大な石が床をぶち抜いて落ちていた。あの場にいればファナは望み通りの結果を得られただろうに。
部屋は混乱と破壊に満ちていたが、第三者が部屋に入ってきたことは明らかだった。
「イチさん……じゃなかった、バリスッ! 天井を!」
「ヒヒッ……どこまでも人使いが荒い……今の姿なあ、若様に見せてやりたいぜ…………ひひっつ、喜ぶだろうなあ…………」
瓦礫するはずだった天井の落石は一部に止まり、崩壊は魔法によって支えられている。結界魔法の応用だ、それはきっとあの細身の男の魔法だ。半分以上は欠けている狼のマスクになんの意味があるのか。もう大半の素顔が明らかにされているのに。
「だが……若様も浮かばれないぜ……ヒヒッ、見たところその娘…………」
「この子、死のうとしてた! 死のうとしてた! どうして! スロウ様が助けたのに!」
ファナは自分が助けられたことは、分かった。
彼女の細い身体が強く、強く、抱きしめられていた。痛みが感じる。それは死のうとしていたファナを、この世に縛り付けるかのような力だった。
「スロウ様が貴女を助けたのに! ……う、うわああああああ!」
それはファナの鼓膜を震わせた程の声量で、ファナが認知する世界を切り裂いていく。
それは魂の本流だった。嘘偽りのない、心からの言葉だった。ファナを助けた彼女は荒れ狂ったように叫び声を上げ、その声を聞くとファナは頭が痛くて、胸が締め付けられる。
シャーロットは自分の手で顔を覆い、大粒の涙が流れてゆく。
涙はシャーロットの顔を流れ落ち、顎からシャツの上へととめどなく落ちていった。
彼女は両手で顔を覆い、自分の嗚咽を消そうとするが、効果はない。泣き声は、助けを求める声と、今まで溜め込んでいた感情を吐き出す声が混ざり合っているように思えた。
「う、ううう! やっと、見つけたのに……沢山死んじゃったのに……! うううううう! いや、死なないで……死なないでよ! スロウさまが、助けたのに……ふざけないでよ!」
部屋は彼女の悲痛な叫び声に包まれ、その一声一声がシャーロットの痛みを物語っている。
ファナは彼女を見たことがあった。
あの晩餐会で――スロウ・デニングの横にいた従者だ。
「スロウさまが死んだのに! あなたを助けるために死んだのに! う、うわあああああ!」
あの子が、自分を掴みながら、泣いていた。
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