487豚 絶望
「私はもう、この
ファナ・ドストルが欲した最後の希望。
大陸北方を支配するドストル王位後継者の一人、
「ふう……」
ファナ・ドストルが身を寄せる石造りの古びた民家は、風化した石の壁と砕けた石の屋根から出来ていた。建物は流麗なサーキスタの街並みから少し外れた場所へ静かに佇み、掠れた灰色に覆われている。
「こちらの方が随分と落ち着く。ずっと人の目を避けて移動していたせいかしら?」
建物の壁には裂け目と穴がいくつもあり、天井も崩れかかっていた。中では古い家具や捨てられた物が散らばり、窓から差し込む光の筋が廃屋に寂しい静寂をもたらしている。
「この街にやってきて、監視されない生活は久しぶりね。それだけで、落ち着ける……」
彼女のつぶやきはまるで、自分にしか見えない相手と深く語り合っているようだ。
「時間の問題だろうけど……じきに見つかる。サーキスタの人間か、帝国の人間か。違いは……あってないようなもの。出来れば、帝国の人間であればいい。あいつらなら、きっと一思いにやってくれる……」
街を歩くだけで――ファナの容姿は人目を引いてしまう。
彼女の体はとても繊細で、足は花の茎のように細く、彼女の手は美しい鳥の羽のように優美と帝国の詩人は歌った。特にその漆黒の髪は深い闇をそのまま現しているようで、見てはいけない深淵を覗き見た気分になるものだ。
「……お腹すいた」
この場所に隠れ潜んでいた何も食べていない。
ファナのお腹がぐううと音を立てた。彼女の目は何も残っていない棚に向けられ、「…………はあ」失望した表情が浮かんでいる。彼女は食べ物もお菓子も、自分を支配している空腹を食い止めるものは何も持っていなかった。
もう何十日も、美味しいと思える食事を取った記憶はなかった。
「……飢えた獣は恐ろしいっていうけれど、私は命を諦めた死にかけの獣ね」
それは単に肉体的な飢えではなく、それ以上のものへの飢えであった。意味への飢え、充足への飢え、愛への飢え。
胃の中の空虚感は、彼女の魂の空虚感の反映だったのかもしれない。
「……飢え死に、か。それもいいかもしれないわ。敵の手に掛かって死ぬよりもよっぽど運命的」
帝国にいた頃は身の回りの世話をする従者が何人もいたが、今はもう誰もいない。
ファナはお腹に手をやり、無心にさすりながら、それでも外に出る気にはならなかった。
「……」
ファナ・ドストルは、これまで決して泣き言とは無縁の少女であった。弱音は彼女のために生きた者達への冒涜であり、ファナは強くあるよう育てられた王族だ。
しかし、今はどうだ。
「……死にたい」
かつては生き生きとした美しさが、絶望でくすんでいる。
彼女の繊細な顔は、悲しみと悔しさが入り混じった表情で歪み、「……死にたい死にたい死にたい」そっと自分に言い聞かせるように呟いた。
かつて輝いていた瞳は、頬を伝う涙で赤く染まっていた。
膝を胸に抱えた姿は、まさに落胆そのもので。
彼女の身体は冷たい感情の重さに押しつぶされそうで、小さな体はさらにもろく見えた。
「……死なせて」
このままではいけないと思いつつも、どうしようもない気持ちになる。
「……死なせてよ」
なぜ、私だけがこんな目に遭わなければならないのか。この苦しみを理解できる人は誰もいない。彼女はただ一人、独り言を呟きながら、絶望に打ちひしがれていた。
――外から、激しい戦闘の音が聞こえてくるまでは。
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