524豚 三人組

「きゃああああ! リオット様、無事をお祈りさせてください――!」

 リオット・タイソンの進軍が向かう先は荒々しい戦場ヒュージャック。民はリオットが祖父であるライアー・タイソンに加勢するためだと考えたが、実際はちがう。

 あいつは祖父であるタイソン公を止めるために進軍しているのだ。そんなリオットの真意を知るものは意外と少なく、ロッソ公が連れてきた騎士隊と数少ないリオットの側近だけ。


「リオット様――! 私たちは皆んな、貴方様の無事をお祈りしておりますことを!」

 彼の勇ましい様子とその周囲の壮大な景観は、まさに小説の中に描かれるような光景なのだろう。民の中には涙を流し感極まっている者の姿も見られたけれど――。


「つまり私たちって……初対面ハジメマシテじゃないわね――?」」

 ――こっちはこっちで修羅場だった。大波乱の展開だ。


「ッッ!!!!!!」

「うわああああああああああああああ」


 膨大な熱量が大空に舞い上がる。

 焔剣フランベルジュから発せられた闘気が空を切り裂いたのだ。


「迷宮都市で発生した大規模な火炎は――まるで火の大精霊エルドレッドが現世に顕現したかのような災禍を振り撒いた。これしきの炎では、辿り着くことさえ叶わず――」


 火炎浄炎アークフレアが片手に持つ焔剣フランベルジュ、振られてもいないのに――持ち主の感情に従って力を爆発させたのだ。巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルの周りに集まった民衆から悲鳴が上がり、俺の目はリオットが満足そうに頷く表情が見えた。


「面白いじゃない、焔剣フランベルジュの炎に――反応すら見せないなんて……その様子は強がりじゃ、ないわね」

 そして火炎浄炎アークフレアは、熱を帯びた表情で俺を掴む手を離した。

 

「遊び半分で手を貸してあげようと思ったけれど……気に入った。高位冒険者、火炎浄炎アークフレアの名に恥じない力を、提供するわ」


 俺を試していたのか……。

 その様子はまるで抑制の効かない暴れ馬、思った通りの性格といえばその通りだけど。 加えてズカズカと俺の秘密に踏み込んでる躊躇の無さ。アニメの中で存在感を発揮した大物たちは……こうやって、躊躇いがない。しっかりと真実に辿り着こうとしてくる。

 ロッソ公だってそうだ。

 あのおっさんなんてアニメの中では目立った活躍もなかったのに――。


「うちのギルドマスターも大概だけど、貴方も大いなる秘密主義者のようね」

「否定はしない。だけど、火炎浄炎アークフレア。それはお互い……おっと。俺たちはこんな場所で油を売ってる暇なんてないようだ」


 リオットからの使いが、おっかなびっくり俺たちの方へやってきたからだ。小柄な青年で、俺たちに対しては明らかに恐怖を感じている様子で、口にした。


「た――タイソン公からの、お言葉を、お、お伝えします! 我らについてこい! とのこと! あなた方に、大いなる戦果を期待しているとのことでありますッ!」


 その言葉に反応して、俺は火炎浄炎アークフレアの他にもう一人。ずっと黙り込んでいる男を見やった。


 火炎浄炎アークフレアが奴を見る目は俺よりも遥かに酷い――。


「……あの男、なんなの? あれがリオット・タイソンを蘇らせた男……?」

 切り株の上で、座り込み頭を下げた男――もはや見る影もない。

 身体中からは覇気が失われ、両手で顔を覆っている。指の隙間からはぶつぶつと呪いの言葉が呟かれ、耳を澄ますと「返せ……私の記憶……返せ……」そう唸っている。


「ああ、そうだよ。サーキスタを混乱に追い込んだ男の成れの果てだが、気をつけてくれ。本気を出せば火炎浄炎アークフレア、何もかもがお前よりも格上の帝国軍人だ」


 哀れだ、果てしなく哀れ。あの男の名前はガガーリン――魔導大国ミネルヴァ大魔導士プロフェッサーによって、大切な家族の記憶を奪われた男である。

 俺だって見たことがない悪役キャラクターの弱りきった姿。あいつお得意の嘘偽りに塗れた偽装の姿じゃない、あれは演じることさえ諦めたガガーリンの姿だ。

「返してくれ……私の………………家族を…………」

 俺とあいつは似たもの同士、だからこそ理解出来る。触れることすら躊躇われる絶望の中に囚われた男の姿――俺がシャーロットとの記憶を忘れてしまえば、あんな風になるのだろうか、それは想像するだけで吐き気が止まらないような絶望感。


 そんなガガーリンの姿を見て、高位冒険者――火炎浄炎アークフレアは「へえ……面白いじゃない……」と大いに機嫌が良さそうであった。

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