483豚 俺の噂とは
「スロウ・デニング。そいつらは、お前にとって守るべき価値がないはずだ!」
俺の腹には……一発だけだが、奴の魔法が直撃していた。たった一発でも身体を貫通するに十分な威力――血が腹からだくだくと溢れ出して、認めざるを得ないな。
仲間の損傷すら厭わない攻撃をするなんて……とんでもない馬鹿野郎だってことを。
「スロウ・デニングといえば、
奴にとっては意味のわからない行為に見えたのだろう。ダリスの人間である俺がサーキスタの死体を守ったのだから。
ああ、痛いなちくしょう! でも、ありがたいことに……あいつの魔法で出来た
痛みだけが、身体に走るが……これぐらいなら我慢出来る!
「――俺がサーキスタで憎まれていることは知っているけど、殺人鬼だって? ふざけんなよ……確かに暴れたことは事実だけどな」
自分の記憶を幾ら辿っても、誰に殺人鬼と呼ばれる所以はない。
真っ暗豚公爵の時代だってそこまで外道に落ちたことはない。そりゃあ真っ暗豚公爵として生き続けたら、やってただろうけど。
「あんたが知っているか知らないけど、俺はあの夜だって誰も殺しちゃいないぞ……。全員の急所はきっちりと外したはずだ。知らないのか?」
「……そう聞いているが! スロウ・デニング! お前が暴れたお陰で、どれだけの同胞の血が流れたと思っている! やっと死んだと思ったら蘇りやがって、この狂人野郎が!」
あの夜はドストル帝国からやってきた彼女を逃すために、大規模な混乱を引き起こす必要があった。それでもサーキスタの人間を必要以上に傷つけないよう細心の注意を払って戦っていた。急所を狙っての失神、それだけに神経を尖らせたせいで必要以上の苦労を背負い込む羽目になった。
俺の目論見は大部分が成功したはずだった。あの湖の騎士がやってくるまでは。
「もし誰かが死んだのなら、ヤブ医者にかかったんだろ。そいつは首にしたほうがいいぞ、サーキスタの未来のためだ。それに俺が暴れなくても、お前たちは世界に衝撃を与えていたさ。俺の考えじゃ、そっちの方がずっと
「他国の人間にとやかく言われる筋合いはない……喧嘩を打ったのはそちら側だ! それに王の審判はもう下された! 騎士は王の判決へ口を挟まないものだ!」
「ご立派なことで。なら、そうだな。思考放棄の騎士とでも呼ばせてもらおうか?」
「呼び名などどうでもいい! なぜ、生きているのだ! 湖の騎士は確かに致命傷を与えたはず――」
「さあ、どうしてだろうな? もしかすると致命傷じゃなかったんじゃないのか?」
水の魔法ヒールを行使しながら、
服の下で肉が裂けている、傷口は見たくないが――これは、後で焼かざるを得ない。本当は今すぐに焼いて患部を消毒したいが、目の前の脅威はまだ健在だ。
「それにしても、さ。良い魔法だったよサー・ギャリバー。水と土の
「……必殺の魔法として知られている」
「だろうな。さぞ研鑽を積んだんだろう。ただの騎士にしておくには惜しい実力だけど、生憎……俺の実力はお前の範疇には収まらないよ」
「…………」
あの魔法は、きっと本来以上の実力が出たものだ。それはサー・ギャリバーとて気づいているだろう。大多数の魔法使いは知らないだろうが、魔法の源ととなる精霊の温情とは、担い手の生き方は沿うものだ。あの瞬間、サー・ギャリバーは恐らく……スロウ・デニングという強敵を相手に死を覚悟した。だからこその火事場の馬鹿力。
「もう一度言ってやろうか、サー・ギャリバー。俺は逃げていいと言っているんだ。その扉を開けてスロウ・デニングが生き返ったとふれ回れよ。それとも何だ? またやる気か? 俺に魔法が当たるなんて奇跡は二度と期待しない方がいいぞ」
「……」
「早くいけよ。俺の気が変わらないうちに……スロウ・デニングが地獄から蘇ったと伝え、仲間を連れてこい。あんた程度が何人来ようが俺の敵じゃない。俺の考えじゃ、何人来たって情けなく逃げ回る羽目になるだろうがな――」
あー、でも。例外もいる。
「湖の騎士だけはやめてくれよ。あいつの顔はしばらく見たくないんだ」
「話が通じる。俺の魔法が通じる身体だって実物だ…………幽霊じゃ、ないんだな。ならば湖の騎士が仕留め損ねた? 以外には考えられないが……それよりも――」
サー・ギャリバーは手元の机に置かれたワインをそのまま口に運んだ。口元から溢れ出るワインの滴が床に垂れて、奴は口元をぐいっと拭った。
「……伝え聞くスロウ・デニングの印象とは随分と違う。俺が知るスロウ・デニングとは……唯我独尊で自分勝手、約束は破るためにあるもので……尋常ではない肥満体。少なくとも、目の前にいる敵を逃すような心優しい人間では決してない」
なんとまあ――ひどい言い様じゃないか。否定はしないが。いや、出来ないか。俺が改心したって話はダリス国内のみで広がっているもので、他国にまで正しく伝わっているとは思っていない。
ま、サーキスタで一騒動起こしたお陰で、俺の人生はもう終わりだと思うけど。
――きっともう、俺は
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