484豚 追放された男

「……伝え聞くスロウ・デニングの印象とは随分と違う。俺が知るスロウ・デニングとは……唯我独尊で自分勝手、約束は破るためにあるもので……尋常ではない肥満体。少なくとも、敵を逃すような心優しい人間では決してない」

 なんとまあ――ひどい言い様じゃないか。否定はしないが。いや、出来ないか。俺が改心したって話はダリス国内のみで広がっているもので、他国にまで正しく伝わっているとは思っていない。

 ま、サーキスタで一騒動起こしたお陰で、俺の人生はもう終わりだと思うけど。


 ――きっともう、俺は騎士国家ダリスには帰れない。


「スロウ・デニング。今のお前は自分の立場を理解しているのか?」


 急にサー・ギャリバーは騎士らしく尊大な空気を醸し出す。


「お前を取り巻く状況は最悪だ。死者の尊厳もお前には与えられず、サーキスタでお前の墓が立つこともなく、ダリスへその身体が送り返される予定もなかった。今のお前は……ドストル帝国に首を垂れた敵だ。サーキスタの高潔な騎士を殺したドストルの狼を逃した人間であり、もしお前が生きていれば石を投げられる存在だ。アリシア様の婚約を勝手な理由で破棄したあの頃よりも――」

「うるさいな、分かっているよ。あんた、俺のことをいちいち説明しないと分からない大馬鹿だと思ってんのか? 俺が何の覚悟も持たずにあんな振る舞いをしたと?」


 全部、分かっていたさ。俺が真っ暗豚公爵として道の捨てて、築き上げたものがサーキスタでの行動によって全て失われた。改めて説明されるまでもない。


「違う……俺がお前に伝えたい言葉は……」


 サー・ギャリバーが持つ杖はこちらに向けられている。

 いつでも魔法の攻撃が出来る状態だ。万が一にも俺に勝てるとは思っていないだろうが、もしや俺と刺し違える気にでもなってるのか? 生き返ったスロウ・デニングを再び殺し切った、そうなれば例えサー・ギャリバーも死んだとしても死後の名誉を得られるだろう

 だけど残念。俺が生きているってことを知るものは今の段階でこいつだけってことだ。

 

「……


 それはきっと、サーキスタに住まう誰もが知りたいのだろう。

 南方各国から要人を招待し、サーキスタは大盤振る舞いをした。莫大な財を投入し、彼らをもてなし、サーキスタの地位を高めた。ドストル帝国の要人を登場させ、サーキスタはドストル帝国との繋がりさえも見せつけた。

 だけど主役は奪われた。騎士国家からの来訪者、それも正式な使者として派遣されたデニング公爵家の人間に破壊されたのだから。

 サーキスタの王侯貴族、奴らの俺に対する怒りは凄まじいことだろう。


「あんたに言っても理解は難しい。見たところ、サー・ギャリバー。あんたは騎士の中じゃそれなりの実力者のようだが、地位は高くないだろう。代々ブラックエン家の人間は、サーキスタ貴族社会の中で疎まれる存在で、今の当主が地位を高めたなんて話も聞かないからな」

「……いいのか、スロウ・デニング。お前の中にドストル帝国の狼を逃した確かな正当性があるのであれば、俺が味方になる未来だってあるはずだ」


 思ったよりも計算高い男だ。

 こいつは今、考えている。生き返ったスロウ・デニングが持つ情報を掴み、利用することでサーキスタ社会で成り上がる。そんな青写真を描いているんだろう。

 野心家は嫌いじゃない。周りへ悪影響を与える無能な野心家は切り捨てるべきだが……。


「確かにサー・ギャリバー。あんたは逃げるつもりがないようで、騎士の名が示す通り勇敢な男なのだろう。だけど、情報ならまずはあんたが教えてくれ」

「……何が聞きたい」

「全て――

 

 避けて通れない道だった。でも、遂に聞いてしまった。

 俺は知らなくてはならなかった。自分が引き起こした事態の影響を


「誰もがスロウ・デニングは生まれながらの狂人と言うが、今のお前は努めて冷静に有ろうとしているように俺の目には見える。聞きたくない事実もあるだろうが……」


 サー・ギャリバーはポツポツと言いづらそうに語り、俺はあれからの事態を把握した。

 サー・ギャリバーが語る事態の推移は、俺の想定通りのものもあれば、想定外の出来事も幾つか。一番俺の心を震わせたことは、やはり……。


「……スロウ・デニング。お前の中にある正義は、お前が起こした正義の代償は、誰もが望まなかった正義だ。分かっていただろうに、何故あのような行動を起こした。大貴族デニング公爵家に生まれ、魔法の才能に溢れ、アリシア殿下という誰もが羨む婚約者を得て、それでもお前は十分じゃなかったのか? 恵まれすぎる立場で生まれた人間の気持ちは俺にはわからないが、お前は与えられる以上に何が欲しかったんだ?」


 ……あんたには分からないさ、サー・ギャリバー。

 傷ついたシャーロット、そして怒り狂う風の大精霊アルトアンジュと俺はデニング公爵領地と出会い、あの場で風の大精霊の怒りを鎮めるために俺はああするしかなかった。

 だけど、その後の行動は全て俺の決断だ。


「さらにお前はサーキスタとダリスを引き裂き、お前を送り込んだダリスは今やドストル帝国の犬とさえ呼ばれている。騎士国家はお前を……お前を…………」

「いいんだ、サー・ギャリバー。覚悟していると言っただろ。言ってくれ」


「騎士国家はお前を……エレノア・ダリスの名前を持って追放すると決断した」


 騎士国家ダリスは、デニング公爵家は――俺を、切り捨てた。分かっていたことだけど、アニメと同じ末路を辿ってしまった事実は少しばかり……心が痛んだ。

 

 

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