482豚 馬鹿な魔法

氷の長刃で喉を掻っ切るアイス・カットスロー!!」

 

 杖が振られ、男の詠唱が形を成した。

 直後、俺の顔面を目がけて弾ける氷の刃が伸ばされる。おっ、こいつは魔力が上手に練られた良い魔法だぞ。クルッシュ魔法学園では教えてくれない人を殺す魔法で、発動までに余計な無駄もない。シューヤなら大丈夫だろうが、ビジョンだったら今の攻撃で殺されている。


 直感だ。この男、思ったよりも戦い慣れて――!「ヒュウッ」紙一重で攻撃を避けると、奴の魔法が背後の壁に大きくめり込んだ。

 目の前をスレスレと掠れていった殺傷性の高い氷を目にし、魔法に込められたギミックを即座に看破。これは水の魔法……だけじゃない。次に来る攻撃は……――読めた。

「これだけでやれるとは思ってねえよスロウ・デニングッ! 俺の氷は花開くアイス・ホール!」

 そう――だよなッ! わかっていたさ! 

 ここはサーキスタにとってある意味、犯されることが許されぬ聖域で、こいつは実力が多少は裏打ちされた実力者!


 固い石壁に突き刺さった魔法の氷が掛け声と共に室内へ弾け飛んだ。氷は礫のように打ち出され、小指の先ぐらいに分解された一粒一粒の威力は中々のもの。

「幽霊ならば――」

 土の魔法を入れ込んだ二重の魔法ダブルマジックか。人間の生身だったら身体を貫通するに十分な威力の弾が数十発。

「大人しく黄泉の国へ帰りやがれよッ!」

 相当使い慣れた二段構成の魔法なんだろう、認めてやるよ。

 サー・ギャリバー。灰色の目と茶色の縮毛の騎士。立ち上がると思ったよりも上背があって、俺よりも軽く頭一つ分は大きかった。

 こいつはきっと人殺しの経験もある騎士だろう。クルッシュ魔法学園の学生とは比べてはいけないぐらいの実力者だ。だけど……よろしくない。

 

 広いとは言えないこの場所でそんな統率のつかない魔法をどうなるか。跳弾が跳ね返り、室内を弾け飛ぶ。方向が定まらず狙われた先には俺がいる――だけど、俺以外も。

 こいつは――守るべき奴らのことを忘れてしまった。


「ああ――いけねえ! やっちまった!」

 今になって気づいたか馬鹿が! あの魔法はここで使うには最悪の魔法だ。あいつが守るべき死者たちの身体まで魔法によってズタズタになってしまう。


 高位の貴族に生まれた騎士たちの身体、尊厳を保つために安置されているというのに。

「……!」

 彼らの身体があいつの魔法によって傷つけられることは俺にとっても本意じゃなかった。

 だから、彼らの身体に届く前に、あいつの魔法が俺の顔面スレスレを通り過ぎた際に彼らに魔法を掛けさせてもらった。


「……な」

 十数人の騎士たちの身体をそれぞれ包み込む魔力の波が氷土の礫弾を柔らかく包み込み――彼らの身体は未だ形を保っている。

 攻撃が専門だろうあいつには理解出来ないだろうが、こいつは中々に高度な魔法。


「な……何、してる」

「何って、見れば分かるだろ」

 自分の守りを疎かにしてもいいぐらいの価値があると瞬時に判断した。

「この場に眠る死者を汚す権利は俺にはない。お前にも、だ」

 死者は何も語らない。彼らが誰に殺されたのか俺は分からないけれど、彼がここで火葬にされず生前の姿を維持している事実。

「違う! 俺が言いたいのは――スロウ・デニング!」

 彼らが損なわれてしまっては、サーキスタの暴走はさらに止まらない。だから――。


「そいつらは――お前にとって、守るべき価値がない死体だろうがッ!」

 俺の腹には……一発だけだが、奴の魔法が直撃していた。たった一発でも身体を貫通するに十分な威力――血が腹からだくだくと溢れ出して、認めざるを得ないな。

 仲間の損傷すら厭わない攻撃をするなんて……とんでもない馬鹿野郎だってことを。

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