507豚 ガガーリンという男
二人の男が騎乗していた軍馬から崩れ落ちて荒れ地に横たわっている。あいつらが既に息を引き取っていることは明白だ。だって帝国の兵士を攻撃したのは俺なんだから。
「……」
未だガガーリンは馬から崩れ落ちた2名のドストル帝国の兵士を救わんとあらん限りの魔法を使っていた。やつの相棒の姿が見えないことが気にかかるが……初手としては十分すぎるほど戦力を削ることが出来たか。
「殿下はわかってくださる! あなたたちの忠義に疑いはない――良くぞ、南方までついて来てくれました……!」
何も知らない奴が見たら、ガガーリンはさぞや優しげな表情の男に見えるんだろう。
三十代前半という年齢にしては穏やかな風貌。
目はやや大きめで、深い茶色の瞳が優しさを表している。
顔の輪郭は細めで鼻筋は通り、口元にはやや柔らかな曲線を描いている。
あいつの顔には確かな気品が感じられ、自然な上品さを放っていた。草色の髪は耳にかかる長さで、トップを少し立ててスタイリングされていた。服装もシンプルで無駄がない。
「――で、デニング! ガガーリンのあんな顔は見たことがねえが……お前……その……」
腰を抜かしたギャリバーが言いづらそうに俺に声を掛けてくる。
「どうやってガガーリンの部下を殺した……?」
ギャリバーの目には唐突にあの二人が馬から落馬したようにしか見えなかったのだろうが――それは当たり前。初見殺しの魔法だ。
「そんなことはどうでもいいんだ。ギャリバー、お前はあいつが発狂している間にタイソン公の元へ向かってくれ」
「……お前はどうすんだよ」
「俺は……」
どこかの神に祈りを捧げているガガーリン。
ガガーリンはドストル帝国の悪き慣例に巻き込まれた男だ。その境遇には同情するが、今のあいつは堕ちたクソ野郎。そしてガガーリンが自分の判断で勝手に大陸南方にやってくるなんてあり得ない。間違いなく奴が支持するドストル帝国王族の指示だろう。
ドストル帝国の王族同士の争いは……既に始まっているのか。
「俺はあいつの足止めをする。それよりギャリバー、お前はどうするんだ? タイソン公の反乱をエデン国王に報告しなくていいのか? 俺としてはタイソン公の元へ向かって、ガガーリンが来ないことを伝えてほしいけどさ」
アニメの中でもそうだった。ガガーリンは人の懐に入り込む力が異常に高い。生来は教師として働いていた人柄が為せる技なのか、それともあいつの魔法の腕か。
「エデン王がこの場にいれば、タイソンの反乱を止めるよう指示する。王は、諸侯が今以上の力を持つことを心底望んでいないからな」
ガガーリンがサーキスタにやってきたからそれ程長い時間は経過していないだろう。
だけど城の中からガガーリンを助けようと動き出した兵士たちの動きを見れば、ガガーリンが十分にタイソン公の関係者の信頼を得ている事実がみてとれる。
「じゃあ頼む。間違いなく、タイソン公はヒュージャックを奪還する上であいつの魔法をあてにしてるよ。あいつが来ないってだけでヒュージャックへの進軍を止めるかもしれないぐらいにな」
「そうだな。タイソン公はあいつを信用している、それは間違いねえが……一人で大丈夫か? あの様子、只事じゃねえぞ……ていうか、お前……ガガーリンのこと知ってたのか……?」
「知ってるよ。北出身のクソ野郎だ」
「クソ野郎なのは同意だ。だが、俺がいた方が――」
――いいんじゃないのか。そうギャリバーは言おうとしたんだろう。けれど、ギャリバーの顔スレスレに炎の球が飛んできた。それはギャリバーが反応出来ない速度で飛来し、炎は背後の森に着火。一本の巨木を炎で包み込む威力に、ギャリバーは絶句している。
「お……おう……やべえ状況だな……あいつのあんな顔初めて見たぜ……優男がキレるとこええって言うが、あいつはまさにだな」
魔法の発射元はゆらりと立ち上がったガガーリン。
鬼気迫る顔で瞬きを忘れたかのようだ。何かをぶつぶつと呟いている。
ガガーリンはアニメでも間違いなく強者の部類。ポッと出のサーキスタの兵士であるギャリバーが叶う相手ではない。しかも今は――仲間を殺されてブチギレている。
「お、俺は先に行くぞ! 必ず追いついてこい――! 死ぬなよ!」
ギャリバーが馬に騎乗し、森の中へ消えていく。そしてあいつは俺だけを見据えていた。ああ、なるほど。理解したよ。さっきの炎は、俺以外は邪魔だから消えろってことか。
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