479豚 逃がすわけがない
「づ……づあああああああああああああああああああああ!!!!」
ギャリバー・ブラックエンは脱兎の如く立ち上がり、部屋唯一の扉に向かって走り出した。俺を前にして逃げるなんて、ナイスな判断。こいつとの実力差は天と地ほど。幾ら俺の体調が悪いと言っても、負ける道理がない。少なくとも頭の回転は悪くないわけだ。
だけど今の俺は易々と逃走を許すほど優しくもなかった。
「
「ずうあああ! いてえ!」あいつの足元に絡まるものは、俺の手首と繋がる土の鎖。鎖の一方をがっしりと掴み、あいつは硬い石の床に倒れこんだ。
ばかか、馬鹿なのか。この状況でお前の逃走を許すわけがないだろ。スロウ・デニングは死んでいなかった、そんな情報を流されれば即座に湖の騎士エクスの叛逆に結びつく。
今、エクスが何をしてるかはわからない。
でも、俺が死んでないってだけで、あいつが何を考えてるかは少し分かる。
「……は、はっは、はっは……」
這いつくばって、扉に向けて両手を動かすサーキスタの人間を見下ろした。疲れ切った犬のように、息を切らしながら扉の外に助けを求めようとしている。
「残念だけど、これは現実。俺はスロウ・デニングだ。ちょっとは冷静になってくれるとありがたいんだけど」
「うそだ……嘘だ…… あのガキが生き返る訳がねえ。心臓を貫いたのは、あの湖身の騎士エクスだぞ! 城の
だめだな――話が通じる気配がない。
「来るな……くるな……来るな…………」
俺は男のそばまで歩いて行って、静かにしゃがみ込んだ。
「やめろ…………やめてくれ…………」
ゆっくりと男の瞳の中を覗き込んだ。
「……」
こいつは寝ずの番の最中と言っていた。
恐らく時刻は深夜。いつもなら俺の腹の減り具合で時間は分かるが、今は2、3日何も食っていない。俺の腹が鳴らないことがもう奇跡のように思える。
「あ……あ…………ああ……そんな……人間が生き返るわけがねえんだ……」
そういえば――腹が減ったな。
……どうでもいいことに思考が逸れる。
しばらくの間は他のサーキスタの人間がこの部屋に来るとは考えが及びづらい。朝になるか、こいつが仲間を呼びにいかなければの話だが――。
「スロウ・デニング……お前は死んだ……死んだんだ……幽霊なら、化けて出るタイミングを選びやがれ……」
ギャリバーは床に倒れこんだまま、身体をのけぞらせて、俺を見た。少しでも俺の目から逃れようと身をよじり、全身から恐怖の匂いが浮かび上がっている。
――幽霊か。確かに今の俺の立場は幽霊に間違いないだろう。俺が幽霊でない事実を知る人間は、俺を不完全に殺した湖の騎士のみ。
「ひ、ひいいいいいい……なんで笑ってる…………狂人め…………見るな、俺を見るなあ………………おい、やめろ…………やめろ……」
俺は奴の首を力を入れず、左手で掴み上げた。
男の体温は火傷をするかと思うぐらい熱かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます