478豚 幽霊
「死者の魂を見届け続ける寝ずの番に、酒を飲む見守り人なんて騎士国家でも聞いたことがない。どうせ、どっかからくすねてきたんだろ? なら全部、飲んだほうがいい。証拠隠滅しないとな」
まだ中身が入っている酒瓶からグラスに酒を注ぎ、俺は奴にグラスを与えた。顔面蒼白なギャリバーは哀れな子羊のように震え、俺を見る目はぐらつくこともない。
それは俺の存在が、こいつにとってどれだけ大きいかを表しているんだろう。
「スロウ・デニングは死んだ……スロウ・デニングは死んだ……俺だって、大勢の人間が確認した……化けて出たのか……」
うわごとのようにブツブツと呟くギャリバー・ブラックエン。
「お前の心臓は鼓動なく、身体は氷のように冷たかった……お前と他の誰かを見間違える訳がねえ……スロウ・デニングは死んだ……俺は夢を見ているのか? 神々が俺を罰しているのか? そうに違いない……」
「飲まないなら、俺がもらうぞ」
そう言って、グラスのワインを飲み干した。
「サーキスタの神々は湖の水中深くに潜む水の大精霊とその眷属だろ。地上に興味を持たない眷属どもにバレたって、罰せられることはないと思うけどな」
「……スロウ・デニングは死んだ……死んだんだ……これは夢だ……」
「二杯目、もらうぶひ」
「……ありえねえ……ありえねえ……」
率直に言ってまずい。死ぬ直前に飲んだワインと比べたら雲泥の差。それでもこれは身体の中を芯から温める命の水だ。
「三倍目ももらうぶひよ」
「……」
俺はギャリバーが飲もうとしないそいつをグイッと喉に流し込んだ。味を楽しむ余裕もなく、身体が次第にカッと熱くなる。恐らくは仮死状態だったんだろう身体に熱を与えるのは酒が一番だ。「ん……そういえば……」何かを思い出したのか、あいつは立ち上がって「……確かお前ぐらいの従士が砦にいたな」目をパチクリさせたまま、俺を見下した。
「そうだ、わかったぞ。誰かの従士が俺を馬鹿にして変装でもしてやがるんだ…………くそ。びびって損したぜ。お前、そ髪色のカツラなんてどこで手に入れたんだ……ったく」
そして俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ほら、ガキ。元いた場所に帰れ。ここに眠る死者は、尊厳を胸に若い命を散らした騎士たちだ。お前が興味本位で覗いていい場所じゃない」
「……」
こいつ……俺を誰かと勘違いしているのか。
確かにサーキスタじゃ、俺ぐらいの年齢のやつは騎士見習いの従士ってことが多いだろうし、俺の身長はこいつよりも頭ひとつ分は小さいが。
「従士ならとっとと自分のいるべき場所へ帰れ。もちろん、お前はここで何も見なかった。誰かに様子を聞かれたらサー・ギャリバーは立派に寝ずの番を努めていると言えよ。言わなかったら拳骨だぞ」
酔いが回っているなら、冷ましてやるとしよう。
俺が誰かの従士だと勝手に勘違いし、再びワインのグラスに手を伸ばしたサーキスタの兵士に向けて俺は右手を向けた。
「ん? なんだよ、いつまでいんだ。ほら、さっさと帰った帰った。俺は優しいからな、お前の好奇心も見て見ぬ振りをしといてやるよ。……何だその手は」
無詠唱の魔法を発動。何の詠唱も予備動作もなく、本来、魔法発現に必要な杖もなく。
「うわ……! 冷てえ! ……これは、水?」
頭の上から降り注ぐ水の冷たさで、少しは冷静に戻ってくれるとありがたいんだが。
「……あー? 水漏れ……? んな馬鹿な……」
あいつは服の上を溢れていく水を見つめて、それから頭を上げ、水が生まれ続ける虚空に目を向けた。そして目を開いたまま、俺を見た。
「…………」
嫌な沈黙が流れる中、俺はこいつが飲みかけたグラスの酒を喉に注ぎ込む。「げふっ、まずい」ただ酔うためだけに製造された安物のアルコール。シャーロットなんかは飲んだこともないだろうそれの味に舌鼓を打っていると。
「づ……づあああああああああああああああああああああ!!!!」
ギャリバー・ブラックエンは脱兎の如く立ち上がり、部屋唯一の扉に向かって走り出した。
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