477豚 殺しはしない

 俺は格の低い貴族の扱い方をよく知っている。


 机の上に片頬をくっつけて、イビキさえもかきそうだったギャリバー・ブラックエンは、誰かが自分の仕事ぶりを確認しにきたと思ったんだろう。


「ッ! サー!」


 あいつは飛び上がって、俺に向かって敬礼した。見事に真っ直ぐと背筋を伸ばして。


隼の騎士殿サー・サーガン! 我らの誇りある隊長! あ、ああ! 俺は違います! 違うんです! ちょっと、気分を盛り上げようと! ううっぷ」

 

 さっきのうわ言から判断するに、こういう名誉や立身出世に目が眩んだ男は目上の者への心配りを忘れない。上位者には弱いタイプだと俺は判断。


「一杯だけ、一杯だけだったんです! 名誉ある寝ずの番に立候補し、無念のまま散っていった仲間達も酒が好きなやつばかりだったんで……俺はちょっと……」


 この酒浸りの部屋を見たら、誰がどう思って不真面目に業務に当たっていたことは明白だ。上位者がさらに偉いものに報告したら、ギャリバーの評価は真っ逆さか。


「ご、ごめんなさい! 魔が……悪魔が俺に囁いたんです! ちょっとぐらいなら……いいかなって……」


 もう隠しきれないと悟ったんだろう。あいつは自分の罪を自白した。俺は両腕を組んで、ギャリバーを見つめた。こういう時は言葉を発さず、威圧感を与えることが重要だ。

 すると、罪の意識を抱える馬鹿野郎は勝手にペチャクチャと語ってくれる。


 というかそろそろさ。

 俺がサーキスタ側の人間じゃないって気づいてもいいんじゃないか?

 俺はあんたよりも身長が低いんだぜ? 確かに室内に灯りは少なく、俺の姿も完全に見えているわけじゃないんだろうけど。


「う、うわ! ウッあらあああああ」

 

 変な声。

 あいつは自分が放り投げ、足元に転がっていた酒瓶に気を取られ、ギャリバーはグラグラと硬くて冷たい床に転がっていった。それは俺が真っ白豚公爵として復活した時の、クルッシュ魔法学園の食堂で俺に合う椅子が無くて、椅子がぶっ壊れ、転げ落ちた時あの時とよく似ていた。


「つ、いてて…………」あいつはボリボリと頭をかき、悪態を吐きながら俺の姿を見上げた。「え? 隼の騎士殿サー・サーガン……じゃない?」 

 そこでやっと気づいたのか。あいつは目を擦りながら、俺を見上げた。

 俺はこいつの隊長らしい隼の騎士殿サー・サーガンのことを知らないけれど、騎士の上に立つのであれば、かなりの役職者だろう。俺の外見とは到底似通っていないはずなのに、あいつは今まで気づくことがなかった。

 酔いすぎているのか、やはりただのバカなのか。

 俺が今必要としている人間は、英雄希望の無謀なバカだ。

 中途半端に自分の頭で考える有能な人材は必要じゃない、そういう奴は俺をサーキスタへ売り飛ばす可能性が高い。立身出世を夢見る者は、俺の言葉に耳を傾ける可能性があった。

 

 だからサーキスタの騎士を自称する馬鹿野郎に向けて、俺は改めて告げた。


「まだ、寝ぼけているのか。半人前の騎士殿。改めての自己紹介が必要なら伝えてもいいが、その際は決して叫ばないと誓ってもらう――」


 床に這いつくばったサーキスタの騎士は、そこで俺の正体に気づいんだろう。


「俺の名は――スロウ・デニング」


 目の奥に恐怖の色が覗いて、絶叫のために口が大きく開かれそうになった。

 死者が生き返った――そう思われても無理はない。死者の復活なんて、サーキスタが信仰する神々の教義からも外れている。


「確かに俺は死んだ。だが、神は俺を生かした。どうやら俺には……まだこの世界でやるべき何かがあるらしい」

「……ひ」


 だけど、叫ばせるわけにはいかなった。

 俺は空の酒瓶を蹴り上げて掴むと、あいつの口に突っ込んだ。「かはッ!」あいつの目に更なる恐怖の色が浮かんだ。殺される、と思ったんだろう。

 もちろん、殺しは選択肢の一つだ。俺にとっては最悪の選択肢、だけどな


 だけど、俺だって手加減するわけにはいかなった。


「――俺の問いに答えれば、殺しはしない。まだ、死にたくはないだろう?」


 その時の俺の顔はきっと公爵家デニングの人間らしく、さぞや恐ろしいものだっただろう。


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