475豚 一方、ダリスにて
「付いて来い、シューヤ。今のお前に必要なのは休息とちょっとした酒だろう」
「……」
「間違っても私から逃げようなどと思うなよ。私の目から消えれば次は手加減せず、お前に光の裁きを下してやる」
「……」
先輩騎士、セピス・ペンドラゴンの言う通りだった。
スロウ・デニングは死んだ。それは確固たる事実としてダリスに伝わっている。
まだ街の市民たちは噂程度で、また公爵家の若様が何か馬鹿げた遊びをしでかしたんだろうと、その程度にしか思っていないかもしれないが、スロウ・デニングは死んだのだ。
――湖の騎士に心臓を突き殺された、らしい。
心臓を一突きか……シューヤは歩きながら左胸にそっと手をおいた。
それはどれだけ痛いのだろう?
何故、あいつはそんな痛みを与えられる羽目になったのだろう?
どうしてあいつは、そのドストル帝国の娘を守ろうとしたのだろう?
「おい、意味のないことを考えるな。幾らお前が悩み、苦しみ、絶望したとしても結果は変わらない。お前の目の届かない場所で、公爵家の若殿は死んだ。そして若殿の行いにサーキスタという大国が激怒している。それだけだ」
「……」
「どうしようもなく無力さを感じる時は難しい顔をせず、ただエールを喉の奥へじっくりと流し込めばいい」
「こんな時にエールって……気分じゃないです……」
「こんな時だからだ。お前に暴走されちゃ堪らないからな。私としてはお前にエールの十杯でも飲ませて数日は二日酔いでまともに動けない、そんな展開が理想だな。ほら、ついて来い。もうすぐだ」
「……」
――あいつ、何やってんだよ……。他国の人間を傷つけて、何がしたかったんだよ。
スロウ・デニングの行動を予想するなんて、今まで誰にも出来なかった。サーキスタへスロウ・デニングの派遣を決断した女王陛下の考えもシューヤにとっては摩訶不思議だったが、それ以上にスロウ・デニングがサーキスタで行った行為は摩訶不思議を越えて絶対にあってはならないことなのだ。
スロウ・デニングによってサーキスタの威信は粉々に砕け散り、あの国は受けた恨みを決して忘れない。
何故、あいつはそんな痛みを与えられる羽目になったのだろう?
どうしてあいつは、そのドストル帝国の娘を守ろうとしたのだろう?
幾ら考えたところで、シューヤ・ニュケルンに答えが導けるはずもない。
「俺……金なんて持ってないですよ」
「下らん心配をするな、私の奢りだ。それにお前が王室騎士として与えられる給金の殆どを故郷のニュケルン男爵領地に送り続けるていることを私は知っている。そんなお前から金を毟り取ろうなんて思わない」
「そっすか……セピスさんは侯爵家で金持ちですもんね……」
シューヤのもとにやってきた情報では、今サーキスタでは市民たちの暴動が起きてきて、ダリスから送り込んだ外交官も市民から危害を加えられる恐れがあるためにサーキスタ貴族護衛の元、部屋に閉じ込められているという。
勿論――人質ということだ。
そしてエデン王は女王エレノア・ダリスが事態の釈明のためにサーキスタへやってくることを望み、今王都ダリスの特権階級達が一同に集まり今後の対応を協議しているという。
全て――スロウ・デニングのせいだ。
彼のせいで、騎士国家の権力者は頭を抱えているとシューヤは聞いていた。
「ここだ。お前も騎士を名乗るなら多少は市民との交流をするべきだろう。生きた情報を得るためには、馴染みの店を作ることが何よりの近道だ。俺もそう教えられた」
セピス・ペンドラゴンに連れられて、シューヤは街の飲み屋にやってきた。漆黒の木々から成る二階建ての建物は石の都と評される王都ダリスの街並みによく調和されており――高貴な身分が使う店なんかシューヤには全く馴染みがない。
「これはこれは王室騎士様が二人……おっと、驚いた! セピス様! しばらくではないですか! ささどうぞ!」
白マントを羽織る
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