471豚 サーキスタの旗印
真っ暗闇の中で、少しずつ目が慣れていく。
死体安置所は死体から漂う死臭と、それを隠すためだろう香水に包まれ、形容し難い香りだ。部屋に置かれたベッドの数は三十弱。それらの半数が死体によって利用され、部屋の隅には、椅子に座り眠りこけた男が一人。
「ひっぐ……ああくそ……! 酒が弱え! もっと強い酒をくすねてくるんだった!」
目を凝らせばそいつの周り、床の上には幾つもの空いた酒瓶が転がっていた。俺がそいつを男だと勘づいたのは、そいつがさっきからずっと独り言をぶつぶつと呟いていたから。
「ルーオン、イヤイ、テイル、アレア! お前らみたいな優秀な騎士がどうして死んじまったんだ! お前らはいつも、十人の
酔っ払った男が叫ぶ名前、それはきっとこの場で眠る若い騎士の名前なのだろう。
数人の男たちは、外套の隙間から顔が見えていた。
もう表情を変えることのない青白い顔は丁寧に化粧されていて、今にも動き出しそうだ。傍には花が添えられて、それだけで彼らがサーキスタでどれだけ大切に扱われているか分かるというもの。
彼らがきっと式典の場で罪を糾弾した
「おいナガン、レイル、ボーオイ! お前らはリーガル魔法学園を上位の成績で卒業したじゃねえか! お前らはいつだって弱者に傲慢な態度で接する、嫌な奴だったが……俺だって時にはその綺麗で整った顔をぶっ飛ばしてやりたいと思ってたが……俺はお前らなんて地獄の底に堕ちちまえってぐらい大嫌いだったが……だからって、こんな……最後が……あってたまるか!」
心臓がズキズキと痛む。額から汗がぽたりと落ちた。
でも、良い兆候だ。身体が発汗機能を取り戻し、いや、少しずつ生きるってことを思い出している。全身に血流が流れ始め、手足が思いのままに動き出す。
……あの時、俺は湖の騎士が持つ剣で貫かれ、激痛に声を上げることも出来なかった。世界が黒く染まり、もしかするとこのまま俺は目覚めないかもしれないと恐怖した。
頭がクリアになり、霧が晴れて行くようだ。
今は、この痛みが俺がやるべきことを教えてくれる。
「お前らの死に場所は、名前を残すに相応しい価値ある戦場が相応しかった! それはサーキスタの民に語られる<
俺は息を殺しながら、そいつの言葉を聞いていた。
……どうやらあいつの言葉は情報の塊のようだな。酔いが頭に周り、こっちのことなんて眼中に入ってもいない。ここの番人としては失格だな。
「どうしてお前らみたいな良い奴らが、グズでのろまな俺よりも先に逝っちまうんだ! 先に逝くのは俺みたいな……薄鈍だろ。ひっぐ……さぞや無念だろう……そうだよリオット! ……お前なんか……あの
男はゴツンと拳を叩きつけた。男が肩肘をついた机の上から、酒が注がれていたのだろうジョッキが床に落ちた。
「友たちよ……お前らの最後に名誉はあったのか? ……わかってる、わかってるさ! お前らはもう逝っちまったんだ……話したい言葉があっても、お前らは語る口を持たず……与えられるはずだった名誉は、お前らの名前は誰の記憶にも残らない…………」
死者が眠る間に響く音はどこまでも虚しく、あいつの声を聴こえながら俺は思った。
名誉ある最後なんて、そんなものは幻想でしかない。
少なくとも、力持たない魔法使いの最後は大体が悲惨なものだ。
戦いを避け、愚か者、卑怯者として名前を売ったものが、一握りの幸運な魔法使いよりも長生きする。
ただ、力ある魔法使いだって、大体は悲惨なものだがな。公爵家の人間が長生きできないように。
「だが、安心しろ! <
誰が、誰の仇を取るって?
その言葉を聞いて……思わず、身体に力が入った。
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