469豚 エクスの記憶

 サンサ・デニングと湖の騎士エクスの初対面は、他国でよくある性質のものだった。

 

 騎士国家の武人である彼女としては、サーキスタで湖の騎士と呼ばれ、ダリスの禁欲的な王室騎士と似つかわしい生活を送る自分のことが珍しかったのだろうか。


 サンサ・デニングはまるで絵本の中に出てくる英雄譚の登場人物に出会ったかのように、キラキラとした瞳で自分を見つめるのだ。

 その姿はエクスにとって率直に言って眩しく、しかし、苦々しいものだった。

 口に出すことはないが、エクスは自分が褒められた人間でないことを自覚している。


『エクス様は騎士国家ダリス観光をなされましたかっ? 石の噴水ロックシャワーやルルイエ遺跡など、王都ダリスは一見の価値がありますよ」

『レディ・サンサ。私は、遊びでダリスへやってきたはないのだよ』

『数日、缶詰ですよ。少しぐらい羽を伸ばしたってバチは当たらないでしょう』


 エクスは、じっと横目でレディ・サンサを見つめた。

 

『エクス様。お気づきではないかもしれませんが、退屈で死にそうな顔をしています」


 エクスは、右手で顎を撫でた。

 退屈な顔、それは湖の騎士としてあるまじき振る舞いだ。エデン国王の剣として、エクスには常に緊張感が求められる。

 

「私からエレノア陛下に提案しましょう。両国友好のために、時には街への散策も必要だと!』


 その提案は、エクスにとって驚きだった。


『レディ・サンサ。君は、あのエレノア女王とそれ程の仲なのか?』


『私は特別に目をかけられている、と皆が言います。きっと、私が女であるからでしょう。公爵家の歴史においても、騎士国家ダリスの王政においても、私たちのような女が頭に立つことは難しいものですから。最も、私はまだデニング公爵ではなく、既に女王となられたエレノア陛下とは天と地の差がありますがーー』




 しかし、有難い申し出だと思った。

 少なくとも、街を散策しながらの交流は、この場で立ち続けるよりはずっといい。


「そうと決まればーー!」

「おい、待て。私は賛成したわけではない」

「エクス様の同意を求めたわけではありません。私はただ噂に名高い湖の騎士エクス様に、ダリスという国を好きになって頂きたい! それだけの話で、きっとエレノア陛下も同意なさるでしょう!」


 サンサ・デニングという女性は、湖の騎士である自分に尊敬の念を抱いていることはすぐに分かった。彼女は武人で、自らは武の道を彼女よりも極めているからだろうか。


 それよりも驚いたことはーー未だ将軍職にもついていないサンサ・デニングの申し出を、エレノア・ダリスが素晴らしい考えだと簡単に受け入れたことである。


「いいぞ、サンサ。だが言い出しっぺのお前が手配をしろよ? 行先の決定から警備、食事の用意や道すがらの歴史講釈も含めて、全部だぞ。誰かに仕事を押し付けたら、私にはすぐに分かるからな」

お任せくださいっイエス、ユアハイネス!」


 国王と臣下の間柄で行われた会話は、エクスにとって信じられないぐらい砕けた会話。

 それはまるで友達同士の気楽な間柄で交わされる類のもの。


 エクスが知る騎士国家ダリスは、騎士の国だ。

 上下関係はギチギチで形式ばり、臣下が気軽に王へ話しかけるなど言語道断。特に騎士国家の歴代王は、厳格な者ばかりでこのようなやり取りを他国の要人に見せることは決してない。


「あー、サンサ。お昼は石弓の旅籠トラットリアで取りたい。あそこのパスタは絶品で、冒険者の声が多少喧しいが、きっとサーキスタの皆様も気にいることだろう。勿論分かっているだろうが、私たちが利用するからって冒険者を追い出すような真似をするなろ? 騎士国家は勇敢な冒険者を受け入れ、高待遇で受け入れる。それにあそこの老主人が病気でくたばりかけていると聞いたからな、自慢の息子が主人となって味が落ちていないか確認してやるぞ」


 サーキスタでは有り得ないやり取りを見るにつけて、湖の騎士エクスは騎士国家の女王エレノア・ダリスに興味を持った。サンサと語る女王としての姿に威厳は既になく、今のエレノア女王はただの噂好きの女性であって。

 

「そうだ、エデン王。一日ぐらい貴殿が連れてきた部下に休みを与えても、バチは当たらない。この国ダリスは安全だ。もしかすると、貴殿の国サーキスタよりも遥かにな」

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