468豚 デートの回数

 湖の騎士は国王の命令を受けて、スロウ・デニングを殺す覚悟を持っていた。

 サーキスタの人間が、公爵家デニングの人間を殺めれれば、その影響はどれほどの物か。道理が分からぬ湖の騎士ではないが、彼の上位者である国王が決めたのだ。


「助けてください、エクス様! スロウ・デニングの力はまさに破格っ!」

「我々では、どうしようもありません!」


 式典の場に湖の騎士が踏み込んだ際、スロウ・デニングは龍殺しの名前が示す通りの甚大な暴力を持って場の制圧を完了。


 大勢の兵士が床に転がり、息も絶え絶えに湖の騎士へ助けを求めた。

 湖の騎士エクスはその光景を情けないとも思わない。あれは見かけは少年でも、ダリスの公爵家直系の中で破格の力を持つ麒麟児。しかし、平素は粋がっている貴族の魔法使いまでもが会場から逃げ出そうとする姿を見た時は、命を懸けて戦えと思ったが。


 向かい合い、数発魔法を撃ち合い、勝機が幾つも見えた。

 何故、ドストルの娘を助け出そうとしたのか、理由を問いたくもあった。だが、これ以上の暴挙を見過ごすわけにはいかなかった。


 “湖の騎士ブルーバード、エクス。俺を殺せば――サンサは悲しむぜ?“


 耳打ちされ、迷いが生まれた。

 スロウ・デニングから、内心に抱える恋を指摘され、どうして良いかわからなくなった。


 エクスは年齢も三十代中頃に迫っている。

 酔いも甘いも噛み締めた大人だ。

 さらに湖の騎士として戦闘経験、社交界の場数も並大抵ではない。それなのに自分の半分程の年齢の子供に内心を指摘され、焦るなんて夢にも思わなかった。

 エクスはあの場でスロウ・デニングと、多くの言葉を交わした訳ではない。


 “ファナ・ドストルを見逃してくれればデート1回。追加で俺を殺したように見せかけてくれればデート2回! どうだっ!“


 今から奴は殺されるというのに、なんだこの会話。ふざけているのか。ふざけているのだろうな。スロウ・デニング、やはり昔と何も変わっていない。

 けれど、湖の騎士エクスにとっては、スロウ・デニングの言葉が、神から与えられし蜘蛛の糸が如くに感じられたのだ。


 ●


 サンサ・デニングと初めて出会った日は、雨が降っていたように思う。


 サーキスタとダリスの間で、来るべき未来に向けて頻繁に会談が行われていた時期があった。会談の議題は大半がドストル帝国に対処すべきもので、エデン王はあの頃、ダリスへ足繁く通い、騎士国家の女王からもたらされる情報を求めていた。


 その様子はまるで、餌を与えられた池の魚に似ていると、エクスは評した。

 もちろん、サーキスタ側が飼い慣らされた魚だ。


『……』


 ーーダリスに来るたびに、ちくちくと視線を感じるものだ。

 ーー行儀の良い王室騎士ロイヤルナイトたち。私の力を測りたいなら、喧嘩をふっかけて来ればいいものを。


 会議の場に湖の騎士は不要。彼は部屋の外で暇を潰していると、同じようにダリス側の護衛としてダリスの要人が警護に立っていることが多々あった。大半は守護騎士ルドルフ・ドルフルーイだったが、まれに紅色の外套を羽織る公爵家デニングの人間の姿も見えた。

 そしてあの日は、見慣れぬ公爵家直系の若者が一人。


『あ、あの! 湖の騎士、エクス様とお見受けしますっ! 私はサンサ・デニング! お暇なら、私と少しばかりお喋りを……しませんかっ!』


 サンサ・デニングと出会ったのは彼女が十代中頃で、湖の騎士エクスよりも一回り年齢が若く、あの頃の彼女は……まだ少女と呼んでも差し支えないただの子供だった。

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