467豚 湖の騎士の秘密

「スロウ・デニングは、ドストル帝国の娘を助けたのだ!」

「ドストルの娘を見つけ出し尋問にかけろ! 帝国が何を狙っているのか、我々は知るべきだ! 兵士に協力しろ!」


 暴動の興奮は、収まる様子が見られない。

 むしろ、規模はどんどんと拡大、サーキスタ全土に広がる可能性すら感じ取れた。数日前とは街の様子は一変し、強い敵意と猜疑心が街に充満している。


 王都サーキスタの街中に人相書きが配られ、たった一人の娘の様子を追っている。


「ミラ地区でまた爆発がッ! 自棄になった娘が引き起こしているに違いない!」


 一体、サーキスタで何が起きているのだと、湖の騎士ブルーバードは笑うしか無かった。


 けれど、これがエデン王の目指した未来の姿だとすれば。

 ――あの王にしては思い切ったと、褒めてやろう。

 湖の騎士はエデン王の人となりをよく知っている。小心者で慣例に囚われ、主義主張は立派だが、行動力に乏しく、騎士国家ダリスを冠するエレノア女王とは比べるまでもない。


「民よ、武器を取れ! スロウ・デニングのように、ドストルへ加担する者が潜んでいる! でなければ、ここまでの範囲で爆発は起きぬだろうッ!」


「スロウ・デニングが、街区のあちこちに魔法を仕込んでいたのではないか! 奴は恐ろしく魔法に長けた魔法使いであり、全属性の魔法使いエレメンタルマスターであることは誰もが知っている!」


 他国の若様と呼ばれるべき格式高い人物があの晩、殺された。

 騎士国家ダリスとの間で戦争が起きても可笑しくはない恐るべき事態だが、サーキスタの民は溜飲が下がったように、むしろ、良くやったとさえ思われている節がある。

 その有様は、湖の騎士の目を通せば、笑いを堪えきれるものではなかった。

 

 ――この国は、相変わらず思い上がったバカばかり。

 ――サーキスタがダリスと戦争を行い、勝てると思っているのか。

 ――自分達を特別と思い込みたい国の性質は、上から下まで変わらないものだ。


「俺たちは、エデン王の行動を支持する! サーキスタはダリスと対等な列強国家であるはずだ! ダリス特使の首を本国へ届けてやれ!」


「我らには湖の騎士ブルーバードであるエクス様がついているのだ! あのお方はスロウ・デニングを相手に圧倒し続けたと聞いたぞ! ダリスの公爵家デニングなど恐るに足らず、だッ! 正義は我らにある!」


 それにしても――嫌われすぎだろう、公爵家の若君スロウ・デニング


 あの少年はサーキスタの宝石と名高い王家の血筋、アリシア王女との婚姻を捨て去った。スロウ・デニングは王族ではなく貴族の家系、確かにデニング公爵家といえば古より格式高い家系だが、それでもアリシア王女は確固たるサーキスタの王族で、格が違う。


 当時、アリシア殿下とスロウ・デニングの婚姻は、一部からダリスへの献上品とまで揶揄されたが、結果として、他国の貴族にサーキスタ王族を足蹴にされた事実。

 ダリスとサーキスタは、対等ではない。

 過去のわだかまりが暴動に油を注いでいると、湖の騎士ブルーバードエクスは結論を出した。

 ――民の暴動は、止まらぬぞ。


 ●


 音も明かりも、何も見えない闇の中。

 特別な死体が安置される収容所の一室に、大勢の死体がベッドの上に置かれている。そこには特別な腐敗処理の魔法を施され、青と白の紋章を刻まれた外套を全身に掛けられた、貴族の若者たちの姿。


 その中で唯一、外套を被されていない死体。

 彼こそが現在、サーキスタの怒りを一身に受けるダリス特使の一人、スロウ・デニング。湖の騎士によって殺されたとされる少年は、暗闇の中で眉を歪めた。

 

「上手な殺し方――さすが湖の騎士ブルーバード、エクス。この借りは、返さないとな」


 スロウ・デニングは、誰に気づかれることもなく息を吹き返した。


 さらに暗闇であることをいいことに、彼はくつくつと笑い出した。


「どんなに高潔な人間でも、弱点はあるよな」


 湖の騎士に殺される直前、スロウ・デニングは敵対騎士へ交換条件を出した。

 それは、この世界で絶大な効果を発揮するアニメ知識を持つ彼だからこそ可能な技。


「あいつは、俺の姉に惚れている。永久に秘匿すべき、あいつの弱点を俺は知っている」


 サーキスタ最強の騎士と、ダリスの武を担うデニング公爵家。

 次代公爵の筆頭候補とされるサンサ・デニングは、未だ恋の一つへも興味を示さない堅物。その凜とした姿から彼女へ恋焦がれる者は多いが、湖の騎士ブルーバードもその一人。


 一方的で片道通行、決して結ばれぬ悲愛をスロウ・デニングは知っていた。それは湖の騎士が持つ唯一の弱点であって、湖の騎士へ耳打ちした瞬間の表情の変化は傑作だった。


 “湖の騎士ブルーバード、エクス。俺を殺せば――サンサは悲しむぜ?“

 “――ッ?“

 

 しかし、成就はあり得ない一方的な片思いは、スロウ・デニングも同様に強く共感するものであって。だからこそ、湖の騎士は差し出された可能性に縋らざるを得なかった。


 “俺を助ければ、サンサとの逢瀬デートを必ず約束する。そこから先は、あんた次第だけどな“


「さあーて、調べるか。サーキスタを操ってんのは、帝国のどいつだ?」


 こうして、ダリスが差し向けた若き刺客はサーキスタという大陸南方でも随一の巨大国家中枢への潜入に成功した。

 

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