465豚 湖の騎士
床に伏せ、うめき声をあげている冬楼の騎士。どれだけ才能に満ち溢れていたか知らないけど、今は世界の広さってやつを思い知っているんだろう。
「クソがあ……」
怖い怖い。
自論だけど、水の魔法使いってやつは、風の魔法使いとよく似ていると思う。遠距離攻撃主体で、サーキスタに多い水の魔法を得意とする騎士はその傾向が顕著だ。
だから、彼らの魔法攻撃をいなし続ければ自滅する。
一人の
魔力切れなんて最も情けない幕切れと言える。
「冬を背負う者が不甲斐ない。さらに、だ。あろうことか手を抜かれるとは」
そう言ってのけたのは、ライアー・タイソン。
「良かった。それぐらいは見抜いてくれないと俺だって困るからさ」
「変わらず生意気な小僧だ……それより、先に聞いておこう。どこからで、どこまでやるつもりか。それとも最初からこの手筈だったのか? エレノア・ダリスの命令なのか」
ああ、なるほど。
俺がどこからこのハプニングを想定し、どこまでやるつもりかってか。そんなの決まってる。サーキスタという南方有数の国家がドストル帝国へ手を掛けようなんて、そんなサーキスタの暴挙を見過ごすことは出来なかっただけだ。
俺の態度を見て、理解したんだろう。
「全てが水の泡。悪夢だ。国王になんと申し開きをすればよいか」
ライアー・タイソンが手をひろげた。
まるで、この惨状を見ろと身振りで示しているんだろう。確かに目を背けたくなる。サーキスタが大金をかけて整えた会場は無残なもんだった。けれど俺だって言い分がある。
「ライアー様! 何を悠長に!」
「下がれ」
ライアーが他の騎士達を制す。
奴らが騒いでいなければ。、ゾッとするぐらい静かになる。
ライアー・タイソンは、馬鹿じゃない。
ダリスで言えばマルディーニ枢機卿のように、サーキスタという巨大な大木を支え続けた根っこのような者で、本質は賢人だ。それがさっきはファナ殿下への敵意を認めた。
「言い訳をすれば、俺も他の招待客と同じさ。何も知らなかった。計画なんて何もなかった。これは俺の判断で、騎士国家の意志とは無関係だ。最も、あんた達は何も信じないだろうけど、一応言っておくよ。そしてもう終わりさ、俺は
本当だ。俺だって何も知らなかった。単純に、興味があった。
サーキスタに招かれたドストル帝国の客人が何者なのか。だけど。
「公開処刑が目的だったなんて夢にも思っていなかったよ。アリシアの父親が、そこまで豪胆だったとは知らなかった」
ライアー・タイソンは浮かない顔だ。俺がよく知る、普段のしかめ面。
「熟慮の末だった、スロウ・デニング。貴様が背に庇う者がサーキスタにやってきてからだ。この国で多くの事件が起き、人死が大勢出た。無関係と断じては、死者への冒涜だろう。これは個人的な意見だが、時を戻せるのであれば、ドストル帝国と関わるのではなかった」
ライアー・タイソンは頭に血がのぼっていることは間違いないようだけど、多少の時間が経過し、冷静な面が戻ってきたようだ。俺としても、会話は願ったり叶っただ。
この場で一番の権力者は冬楼を纏めるあの爺さんだってことは分かっている。
アリシアの親父、つまりサーキスタ国王だってライアーの爺さんには信を置いてる。
「しかし、これから先をどうする。逃げられんぞ、スロウ・デニング。見渡す限りの陸の孤島だ」
「……そうだな」
存分に、知ってるさ。
島の周りに存在する湖の中には水の大精霊がいるってことも、外に湖の騎士が布陣していることも。
「あの、スロウ・デニングの死体を騎士国家に渡せば、どうなるのだろうな。少なくとも、あの公爵殿は激怒するだろうか。その姿には、少し興味がある」
「想像は自由だけど、俺は逃げるよ。この場で死ぬ気も無いし、あんた達にこの子を渡せば、恐ろしい未来が待っていると確信できたからさ」
「大層な自信だな。若さ特有の蛮勇か、それとも本当に自信があるのか」
ライアー・タイソンが右手を挙げる。
それが熟練騎士達を動かす動作だったのだろうか。彼ら一人一人の間に確かに魔力の高なりを感じた。さっき勝手に自滅した騎士とは比べ物にならない、実力者の集まり。
それが本来の
ふう。
ごめん、シャーロット。勝手なことをして。
だけど、俺はこの場を脱し、ファナ・ドストルに聞かなくてはいけない。
ドストル帝国で何が起きたのか。何故、彼女がたった一人でこの場にいるのか。
彼女は騎士国家にとってはカリーナ姫のような存在だ。
光の大精霊から過保護の極みと言える扱いを受けているカリーナ・リトル・ダリスが、単身でドストル帝国に乗り込んだといえば事態の異常さが分かりやすいか。
何度も頭の中で考える。ファナ・ドストルが南方にやってくる異常さを
「……」
そして俺はライアー・タイソンの一瞬の変化を見逃さなかった。
ーー残念だ。確かに、ライアー・タイソンの口元はそう呟いたように見えた。
即座に、廊下へと続く大開きの扉が轟音を立てて吹っ飛んできた。その気配を感じ取れなかったライアー・タイソンを除く冬楼四家の騎士や兵士までもがびくりと硬直。
新たな敵襲かと身構えるが、その正体を理解すれば音もなく脱力。
まるで彼らは、怪物がやってくるかのように、息を呑んだのだ。
そして、そいつは確かな質量を伴い、やってきた。
「情けないぞ、
勿論、分かっていたさ。
ここまでの惨事を引き起こした俺に、サーキスタ国王エデンがぶつけてくる戦力はたった一人しかいないだろう。
「式典には泥を塗られ、警護責任の冬楼四家は騎士国家のデニング公爵家相手に手も足も出ない。サーキスタは世界の笑い者となり、国王は当然にお怒りだ。ライアー・タイソン公。何か言いたいことがあれば聞こうか」
でも、初めから分かっていたことでもあったんだ。
あいつの存在を、この島唯一の逃走経路である橋の上に感じたその時から、俺の未来は決まっていた。
「国王は、俺に新たな命令を下された」
海のように深い蒼を冠する外套を羽織り、腰には一本の刀。
肩下まで伸びる長すぎる髪を一つに纒め、姿を現すと同時に場の空気を全て持っていく。
魔法使いでありながら杖を持たないスタイルは、
奴こそが騎士国家の同盟国であるサーキスタが誇る偉大な男。
「ファナ・ドストル姫殿下、そして
優雅な一礼と共に、湖の騎士エクスの登場であった。
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