【ファナ殿下視点】464豚 活路

 ファナ・ドストルは、既に敗北を認めている。

 大陸南方の国々には届いていないだろうが、ドストル帝国は歴史的転換点を迎えた。


 ドストル帝国軍部を完全に掌握した男と、未だ帝国への反撃を諦めていなかった反乱勢力鎮圧の責任者二名によるクーデター。勢いは止められず、勝敗は速やかに決した。しかし、徹底的な情報封鎖によって南へは未だ何も伝わらず。


 闇の大精霊の時代は人間の手によって、遂に終わりを迎えたのだ。


『人の世だ! 人ならざる者に、未来を決められてたまるか!』


 闇の大精霊によって主導された大陸統一の悲願は彼女によって始まり、彼女の独断によって終わった。だが、反発が余りにも大きすぎた。軍部、王族、貴族、豪商、さらには領地をドストル帝国に追われた反乱戦力までもが、活路を豊かな大陸南方に見出していた。


『立ち上がれ、全土の民よ! 権力の座に座り続ける奴を、引きずり下ろす時がやってきた! 戦いの鐘を打ち鳴らせ! 我らの手に勝利を!』


 無論、闇の大精霊はいつだって圧倒的な力で彼らを押さえつける。

 力ある彼女には、いつだって暴君としての所業が可能であった。

 曰く、大陸南方統一は割りに合わない。私たちが知らなかった間に南には、大精霊を手中に収め得る英雄の種が生まれていた。その中にはドストル帝国に災いを為すだろう人間もいると。


 けれど、誰も納得はしなかった。

 何故なら、北方は戦いの歴史が連続する戦闘民族であり、彼らは常に勝利を掴んできた。

 むしろ難敵の存在こそが、彼らを燃え上がらせる火種である。

  

『逃げなさい、ファナ。私の可愛い、後継者。愛しているわ、でもこれでお別れかもね』


 闇の大精霊に匹敵する力を持ち、彼女に忠義を誓っていた栄光不滅の三銃士が、一人を除いて離反した。その時にきっと、勝敗は決してしまったのだ。

 

『逃げる? どこへ。逃げ場なんてない。最後まで戦うわ』

『言い方を変えるわね。未来のために南へ向かって。何人か見所のある人間がいるから、可能であればそいつらを味方にーー』


 ファナは僅かな手勢を連れて、北部ドストル王都を脱出した。

 闇の大精霊と縁が深い人間は悉くが哀れな末路を辿り、当然ファナもその一人。追手を出され、戦いの連続であったが、逃げ出した。逃げ続けた。


『奴に味方する者は誰であれ血祭りに上げろ! 人の世が始まるのだ!』


 道中ではドストル帝国を巡る内部闘争、血と血で巡られた争いの結末が幾つも耳に入ってきた。闇の大精霊に味方をする者は徹底的に粛清された。

 長年に渡る闇の大精霊の支配は、人間の心に深い闇と恨みを落としていたのだ。


『王室の人間でありながら、人ならざる異端に尽くす反逆者め! どこへ向かったとしても、即座に追手を送り込む! 逃げ場などどこにもないぞ!』


 ファナにとって長い長い旅路であった。

 まず向かう先はサーキスタ。闇の大精霊の元に届けられた大陸南方の国サーキスタからの招待状。それはまだ闇の大精霊の権力が残っていた頃の話。

 闇の大精霊はサーキスタと秘密裏に連絡をとり、役割をファナに与えた。

 しかし、闇の大精霊が与えたファナの手駒、護衛は次々と討ち取られていった。


 サーキスタに到着した頃には、もはや彼女一人となる程に追い詰められていた。



 

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