453豚 殺意の塊
水の大精霊と縁を結ぶことが出来る大国サーキスタの超重要拠点。
この場に集まる誰もが俺と同じ考えを――大事な一日になると理解している。
正装に身を包んだイケメン、美女。穏やかに、優雅に会話を楽しみながら、実際はあの笑顔の裏で何を考えているかなんて彼らにしか分からない。要するにこの場所に集まっている奴らは一癖も二癖もあるきな臭い奴らってことだ。
「……わあ」
シャーロットなんか、完全に場に呑まれてる。
確かに独特の肌に刺すような空気だ。無理もない。騎士国家ダリスで開催される舞踏会なんて、たかが知られている。伝統を重要視して、いつも古い考え方に縛られた田舎国家。それが、騎士国家を馬鹿にするときの決まり文句。
俺とシャーロットは正装に身を包み、まずは隅で舞踏会の雰囲気やそこら中で歓談を楽しむサーキスタ貴族たちを観察している。
しっかしサーキスタ王、エデン。
あのおっちゃんはどれだけの金をばら撒いたのか。アニメの中では、女王陛下の影に隠れていた印象の強いエデン国王けど、この手腕は認めざるを得ない。
未だドストル帝国との余波に揺れる中、各国の要人をこうしてサーキスタに集結させたんだから。
そして……観察を続けること数分、分かったことがある。
「あの、スロウ様。私たち……睨まれていませんか?」
「はは。嫌われてると思ってたけど、ここまでか」
まぁ、分かっていたこさ。
サーキスタの愛され王女、アリシア・ブラ・ディア・サーキスタとの婚約をめちゃくちゃにした男、スロウ・デニング。
それが俺に対するサーキスタ貴族の評価。騎士国家では俺を見直すような雰囲気が出来上がっているけれど、他国では違う。まだ昔の悪評が根強く残っている。
俺が黒龍殺しであるなんて噂は勿論、広まっているだろうけど。それこそ俺を再び風の神童に祭り上げるためにデニング公爵家が流した流言、なんて考えているサーキスタ貴族も大勢いるだろうな。
「スロウ様を睨んでいるあの方々……今のデニング公爵家に大精霊様がついているってこと――わかっているんでしょうか」
「知ってるさ。でも、この国の人間はプライドが高い。特に貴族ともなれば、なおさらね。それに風の大精霊とか光の大精霊の意向なんてこの国ではちっぽけなものさ」
「そうなんですね……」
神妙に辺りの空気を伺うシャーロット。
「サーキスタの貴族にとって、
気まぐれな風の大精霊、王都ダリスから出てこない光の大精霊。
あいつらと比べたら働き者の水の大精霊のほうがよっぽど頼りになるのはわかるけれど。
「確かに
「そういうこと、そういうこと」
つまり、俺たちは敵の群れに飛び込んだネズミのようなものなんだ。
女王陛下もなんの企みがあって、サーキスタ貴族から憎まれている俺をサーキスタのど真ん中に送り込んだのか。本当にあの人の考えることは読めない。
「スロウ様、ナーベラス様のとこに行きますか?」
「いや、いかなくていいよ。あいつ、俺たちには動いてほしくないみたいだし」
あの外交官は今、しきりに名のあるサーキスタ貴族に話しかけて、自己紹介に興じているようだ。あの姿を見る限り、有能な外交官ではないだろうな。所詮、3流の外交官だ。だけど、エレノア女王に選ばれた。何のために? さあ、俺は知らない。
でもいいのかな。ナーゲラス外交官の姿を見て、嘲笑っているサーキスタ貴族の姿が何人もいそうだ。
あれじゃあダリスが舐められるだけのような気もするけど……ま、いいや。
「スロウ様……私たちがここにいる意味は仕事ですよ、仕事! 動きましょう!」
「分かってるよ。でも考えてみてくれ、俺たちはこの場所で何をしたらいいのか、何も知らされていなくて、現地で考えろなんてふざけてるようなあ……」
陛下の目的なんか知ったことじゃないが、俺の目的はシンプルだ。
平和になりそうな未来を壊させないこと、これに尽きる。
もし何かが起きる気配が無ければ、シャーロットと二人でサーキスタの街並みを観光すればいいんだ。
「……あ! スロウ様! あそこにいるの、アリシア様ですよっ! え、すっごい綺麗!」
舞踏会はつつがなく進行している。有名な楽団の演奏や、お偉いさんらしき男の演説。そしてようやくアリシアが出てきたようだ。
その姿、水龍の花嫁なんて呼ばれるに相応しく、神々しい。
俺だってアリシアが磨ければ光りすぎる女の子ってことはよく知っている。でも、美人度で言えばシャーロットだって負けちゃいない。むしろ勝っている。サーキスタの色男連中がちらちらこっちを見ているしな。
「スロウ様様、スロウ様、あっちでアリシア様。何か演説されてますよ――」
シャーロットが目を輝かせて、つま先立ちになる。
アリシアが何やら万雷の拍手を受けているようだけど、俺としてはそっちよりも気になることがあった。
「……」
誰かが俺に殺意の塊を向けているんだ。確かに俺はサーキスタの貴族社交界では嫌われ者である自覚があるが、これはもう憎しみの感情とかそういうレベルじゃない。
「……参ったな」
「え、スロウ様。どうされたんですか?」
「いや何でもないよシャーロット」
俺が生きていることが許せない、それぐらい強い憎悪の塊。
ここまで殺意をぶつけられたら、さすがに気が立ってしまう。
ふう。
……果たして俺は無事にこの会場から生きて帰ることが出来るんだろうか。
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