452豚 いざ、舞踏会へ!
「ふ、ふう……、ふうー……ああ、緊張する……」
舞踏会が行われる巨大なホールを目前に控え、俺とシャーロットはロビーで受付列に並んでいた。向こうに見える会場の中では、既に大勢の関係者が談笑している。
今から俺たちはあの中に飛び込むわけだ。
サーキスタという国は見栄っ張りだ。
特にサーキスタは目に見える部分に金を惜しまない。目に見える部分というものは、外見に磨きを掛けることだけじゃない。自分の家名や親族の格、付き合う友人や毎日の食生活を彩る生産地までとにかくこだわりが深い。
サーキスタの貴族に生まれた人間は、将来、最高の結婚相手を得るために自己研鑽を惜しまない。
親となったサーキスタ貴族は娘や息子が良家の家と縁を結ぶことに全力を尽くす。裏金、裏工作、なんでもありだ。
俺だったら絶対にゴメンだけどサーキスタの貴族連中は本気だ。
だけど、そうやって国力を高め、のし上がった点はちょっとだけ尊敬出来る。
俺は絶対にゴメンだけど。
「……ちょっと、見てよ。あれ……くすくす。場違いじゃないかしら……?」
「似合ってないわねえ、あの男の子の服装。どこの服屋で買ったのかしら、まさか街中? いやあねえ、それって平民みたいだわ」
「でも、あの子が噂の彼みたいよ……?」
大陸南方の各国で権力を持ったお偉いさんが集う舞踏会の開催。
大金をバラまいて各国に呼び掛けたサーキスタの狙いは大きく分けて2つあると俺は考えていた。
「……国王様、きっとお怒りね。あの人にとって目の上のたんこぶ、エレノア女王様から遣わした使者が子供だったなんて……」
「ちょっと、聞こえるわよ? くすくす」
一つ目は、サーキスタの国力を示すこと。
ドストル帝国という南方各国が束になっても叶わない超大国との戦争が回避された今、騎士国家の影に隠れていた南方各国が自国の
そのためにサーキスタの国王エデン7世は迅速に動き、世界中のお偉いさんが集うこの社交の場を提供した。
本当にドストル帝国は南方侵略を諦めたのか、南方各国は情報を求め、国同士で繋がりたがっている。
エデン7世は上手く立ち回った。相変わらず抜け目のないおっさんだよ。
その結果、大陸南方で一番の強大国と噂される騎士国家ダリスが派遣した使者は三流の外交官と、
そこは笑うところかもしれない。
「スロウ様、嫌われすぎじゃないですか? すっごく睨まれてますし、誰も喋りかけてきませんね」
「……ぶひい」
あーもういいよ、分かってたよ。
サーキスタの街中では分からなかったけど、俺がどれだけサーキスタの貴族連中から嫌われてるか久々に思い出したわ! 俺って嫌われてた!
特にサーキスタ貴族からはな! 何しろサーキスタの第二王女、アリシア・ブラ・ディア・サーキスタとの婚約を破断にした張本人だからな!
久々に全身に向けられる敵意に、身体が少しゾクゾク。
正直に言って、俺は真っ黒豚公爵時代からかなり痩せたと言える。
舞踏会の正装である燕尾服だって、ちゃんと着こなし出来てるしさ。
それでもこの国、サーキスタでは俺のダイエットなんてただの付け焼刃のようで……思わず委縮してしまう。
なんていうか――イケメン、美女が多すぎるんだよ!
年配のおっさんだって騎士国家の社交界だったら目を奪われるぐらいのダンディさを保っていて……ここって別世界なんだろうか。
目を閉じて、考える。
少なくとも、ちょっとダイエットしたぐらいの俺がいる場所ではないよな。
はあ……俺、やっていけるんだろうか。まだ会場にもたどり着いていないのに、列で待っているだけで、こんな心理的ダメージを受けるとは思わなかったよ。
良い服を買って身体を引き締めて、それぐらいじゃ――届かない場所もあるか。本当に、どうしてだよ。どうして俺がこんな大役を……誰が見たって場違いだろ。
「――
「うっ―!」
誰かに両頬を掴まれた。
目を開けると、シャーロットの顔がそこに。
シャーロットは俺とは違って、サーキスタの貴族連中には負けていない。それは外見が綺麗だとか可愛いとか、そんなちゃちな理由じゃない。
シャーロットには気品がある。生まれ持った質が俺とは違うんだ。
公爵家三男スロウ・デニング、俺の専属従者シャーロット・リリイ・ヒュージャック。本来のシャーロットは王族だ。つまり、本物。
シャーロットは俺が内心でびびっていることに気づいたのか――。
「私は……スロウ様が一番素敵ですからっ! だからほら行きましょう! 次が私たちの受付の番ですよ! もう!」
微かに震えていた俺の右手。
ぎゅっとシャーロットに握りしめられた瞬間に、力を取り戻した。
俺たちがサーキスタより招かれた舞踏会は、各国が壮大な思惑をもって参加する世界規模の社交界である。この中で一番のちんちくりんは、俺だと断言出来る。
なのに、シャーロットは力強く俺の手を取ってくれた――それだけ、落ち着いた。
改めて、思い直した。
目の前を進む彼女は、俺にとって世界最高の女の子。
「わっ!」
「ありがと、シャーロット。お陰で迷いが晴れた」
思わず抱きしめてしまった、そして感じるシャーロットの身体。
周りのサーキスタ貴族からはまあ下品とか、まあ子供とか、色々言われるけれど、俺の耳には届かない。そうだよ、周りからどう思われたって気にしない。
それが俺だ。俺にとって、あいつらの声は雑音にも及ばない。
「シャーロット――」
彼女の耳元で、小さな声で囁いた言葉。
耳を真っ赤にしたシャーロットの手を強く握り返して、俺はこれまた憎らしいイケメンが待つ受付の前に向かった。
「…………私も」
愛してるなんて言葉、昔の俺が聞いたら笑い飛ばすだろうな。
そんなかっこつけたセリフ、死んでも言えないって。
「
ギアを入れよう、俺は学んでいる。
社交界のマナー、
貼り付けられた笑顔のまま直立するサーキスタのイケメン貴族に向かって、俺は言った。
「スロウ・デニングだ。
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