【サーキスタ視点】451豚 国王エデン

 大きな満月が、湖畔に浮かぶ小島を照らし上げる。

 季節の影響を受けることなく、絶えず薄雪が降り注ぐ湖上に浮かんだ小島。

 あの小島こそがサーキスタを大国たらしめる水の大精霊の住処であり、一般市民では上陸することも叶わないサーキスタの聖なる都。


 そして、月明りの下にて。

 水都サーキスタと小島を繋ぐ長い橋の上を何十台の馬車が続いている。


「――陛下。進行はつつがなく。招待状を持つ各国の参列者、大半の入場を確認。万事は順調とのことです」


 既に各国の要人を招待した舞踏会は始まっている。


 莫大な富を投下し、迅速に開催へこぎ着けた。

 此度こたびは大陸南方において、サーキスタの存在感を強める絶好の機会であり、失敗は許されない。


「しかし、あのエレノア女王は何を考えている! この場が持つ意味の大きさ、分からぬ訳ではあるまいに!」


 舞踏会に呼ばれた者たちの素性や湖畔に浮かぶ小島への出入り。情報は現在進行形で小島の離れに佇む洋館の一室、国王エデンの私室に集まっていた。


騎士国家ダリスからの使者が名も知らぬ外交官と公爵家デニングの小童とは!」


 サーキスタの中でも極めて限られたものしか出入りが許されぬ王の私室。

 慌ただしく情報が飛び交う中、サーキスタの国王エデンは冷静に思考を纏めていた。


「何故、デニング公爵ではなく小童を送り込んできた! 軍事の実権を持つデニング公爵であれば、まだ良かった! しかし、あの小童に何の力があるというのだ!」


 会場からの報告をもとに、サーキスタ中枢の重鎮らの熱が高まってゆく。

 特に、騎士国家ダリスから送り込まれた使者に文句が止まらない。

 勿論、彼らとて騎士国家の使者には何らかの政治意図が込められていることぐらい理解していたが、真意を計りかねることに苛立ちが募る。


「……」

 

 その中で一人、静かに物思いにふけるサーキスタ国王は凡庸だ。

 飛び抜けた魔法の力を持つわけでもなく、深いカリスマを持つわけではない。

 南方に豊富な人脈を持つダリス女王とは比べ物にならない凡夫であったが、サーキスタ国王エデンの動きは迅速だった。


 敗亡濃厚と考えられた北方との戦争は回避され、輝かしい未来が待っている。


 誰もが凄惨な戦争を避けられた幸運に安堵し、ほっと一息をつく中、国王エデンは間髪入れずに南方各国の要人、要職を招いた交流会の開催に着手した。


「陛下! アリシア様から催促が! 一体いつまで別室で待機をすればいいのかとのことですがっ」

「――へ、陛下! ほ、報告が!」


 サーキスタ軍人たるもの、常に冷静さを忘れず、迅速に命令を遂行する。

 しかし、突如、扉のノックも無しに現れた軍人の様子は只事ではなかった。額には汗により髪がへばりつき、目は血走っている。


 本来の命令系統を何段階も無視し、王の私室へ飛び込んできた者の報告。

 エデン王は部下を制し、兵の言葉を持った。


「定時報告が途絶え、状況を確認したところ――ファナ殿下の監視に当たったヒーゼルフ家、タイソン家の騎士15人、見るも無残な姿で発見されました! ――ぜ、全滅かと思われまスッ!」


 サーキスタ国王。

 エデン7世はチェス盤を置いた机上に向かって、拳を強く叩きつけた。


 


 南方各国の中で、ドストル帝国への方針は割れていた。


 機先を制する、そのためにサーキスタはドストル帝国より使者を呼び寄せた。

 ファナ殿下がドストル帝国の中でどれほどの立ち位置にいる王族なのか彼らには知る由もなかった。

 それでもドストル帝国は、サーキスタの要望に応え、送り込んできた。

 敵国になる筈であった南方の大国、サーキスタに向けて一人の使者を。


「何が友好の使者か! 奴らは、腹を空かせた虎であった!」


 友好の使者であれば、良かった。


騎士国家ダリスへも使者を送れ! 奴ら! 何をもって未来は明るいなどと――!」

 

 南方国家の盟主として、騎士国家ダリスがドストル帝国と直接、交渉の場を持ったと聞いている。ダリス以外の南方諸国家は、戦争は回避されたとの騎士国家の言葉を鵜呑みにするしかなかった。


 事実、最前線からドストル帝国は兵を退いた。確かにそうだ。その通りだ。


 しかし、結果はどうだ。

 ドストル帝国からの使者――無力を装ったファナ殿下の監視と安全を兼ねて配置させた腕利き達と連絡が取れなくなり、先ほどの兵士による一報の後、続々と物言わぬ躯となった者たちの姿が確認された。

 ――全滅。


「陛下、ご決断を!」


 ファナ殿下は敵陣に忍び込んだ賊とサーキスタの重心達は判断。


 アレは、友好を目的にした使者ではなく、明確な敵だと。


 

「静まれ」

 王の言葉に、室内へ静寂が伝播。


「水楼四家へ伝達を。各家から腕の立つ者を一人ずつ見繕い、直ちに行動に入れ」


 凡庸と評されるサーキスタ国王エデンではあるが、それは騎士国家のエレノア・ダリスと比べただけのこと。

  

 エデンは机上に置かれたチェス盤上を見つめ、敵陣の駒を自陣へ一歩進める。

 そして、口火を切った。


「式の後――ファナ姫を捕らえ、私の前に連れてこい」


 ドストル帝国からの使者を捕らえるなど、正気の沙汰ではなかった。

 しかし、彼らには自負メンツがあった。大国としての大きすぎる自負プライドが。





―――――――――――

お待たせしました。

仕事の転勤で大幅に生活環境が変わりましたが、生活がやっと落ち着いてきました。更新再開します!

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