450豚 シャーロットとイチバン

 舞踏会が開催される朝――俺は鼻腔をくすぐる良い匂いで目覚めた。


「……ん」


 身体の体調でわかる。ぐっすりと爆睡してしまった。サーキスタにやってきてからはずっとこうだ。妙に睡眠の質がいい。やっぱりあれか? 寝具がいいのか? それとも国外にいるっていう高揚感からかな。ま、どっちでもいいか。 

 これからやることを思えば、体調が良いに越したことはないんだ。

 

 今日は舞踏会当日、外交官ナーゲラスとの待ち合わせ場所は、白銀の城ホワイトヘイズへ続く湖道への入口だ。サーキスタの都が面するバイタル湖、あれの中心にそびえるホワイトヘイズ城で舞踏会が行われるのだ。


 舞踏会の開幕は夜で、ナーゲラスとの待ち合わせ時間は夕方。

 夜になると舞踏会開催を都に伝えるため、何百発もの魔法による花火が空に打ちあがり、サーキスタの都は大いに盛り上がるという。


「……」


 だけど、俺がベッドの中で起き上がらないのにはわけがあった。



「ひひ……お姫様プリンセス、考えを根本から変えるべきだな……お姫様プリンセスは若様のような戦う人間じゃない。若君や公爵家デニングの人間は例外だぜ……あれは戦うために時間を掛けて研鑽されてきた一族だ……そもそもヒュージャックの王族は戦う一族ではないって聞いてるぜ……お姫様プリンセスは指示をすればいいんだ、王族ってのはそういうもんだろ……」


 俺はシーツの中から、こっそりと二人の様子を見た。

 イチバンは何か料理をしながら、椅子に座って瞑想しているシャーロッチに話しかけていた。

 じゅーじゅーとよいにおいが漂っている。

 イチバンの奴、肉を焼いているのか。暗殺者の癖に家政婦まで出来るのかよ、あいつ。


「ひひ……王族が自ら戦うなんて聞いたことがねえ……公爵様もきっと反対するぜ……若様はどうか知らないが、少なくとも公爵様はお姫様に安全な場所でいてほしと思ってるぜ……わからねえわけじゃあるまい……」 


 俺も起き上がりたいが、そんな空気じゃなかった。何故なら食卓の椅子に座ってるんだろうシャーロットから、どよーんとした空気が漂っている気がするから。


「私も戦いたいんです……」


 ほら、あの声。あれは迷った時のシャーロットの声だ。


「気持ちは分かるがな、若様の隣に立ちたいなんて幻想は早めに捨てちまいな……ひひっ、自分が苦しいだけだぜ……?」


「イチさん、私、どうすれば強くなれると思いますか……」


 ……なるほどな、強さか。

 サンサのそばにいた時、シャーロットは公爵家のやり方で魔法の練習をしていたようだが、飛躍的な向上には繋がらなかったらしい。まだまだシャーロットは、魔法に関しては初心者、クルッシュ魔法学園の一年生クラスってとこか。


「強くなる必要なんてねえよ……ひひ……すでにお姫様は特別だろうさ………ヒュージャックの一族は、お姫様の家族はあの風の大精霊を従えたんだ……」


「私じゃなくて、祖先の話じゃないですか……私には特別なところなんて何もありません……」


「ひひっ、王族は命令すればいいんだ。例えば……騎士国家ダリスの恐ろしいあの女王陛下は、自分の考えが絶対に正しいって疑わねえ……王室騎士たちはエレノア・ダリスの命令で力を向上させる……王室ってのは……そういうもんだろ……ひひっ……」


 おお。イチバンから、女王陛下に対する意見が聞けるなんて……レアだな。

 あいつは確か、陛下を恨んでいるハズだ。王室騎士になれなかった男だからな。

 シャーロットはイチバンの話を聞いて、何を思うのか。


「ん……難しいです……」

  

 難しいのは当たり前だ。

 シャーロットには強くなってほしいけど、すぐに強くなれるなんて手品はない。だからこそ俺はイチバンを筆頭に、錆の連中の手綱をシャーロットに一任したんだ。


「いいぜ……俺が、お姫様を鍛えてやるよ……それと若様……」


 恥ずかしながら、俺のお腹がぐううと鳴ったのと、イチバンが俺に声を掛けてくるのはぴったりだった。


「起きてるなら、声を掛けな。飯ができてるぜ……勿論、食うよな……今日から若様にとっても俺たちにとっても……ひひっ……大事な一日が始まるんだからよ……」



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