449豚 シャーロットと暗殺者

 遠慮なくジロジロと、俺たちの膨れた腹を見る男。

 そいつはクルッシュ魔法学園で父上率いるヨーレンツ騎士団と敵対した男だ。


「ひひっ……何だよ……食べてきてるんじゃねえか……食料、買ってたんだぜ?」


 敵対集団のナンバーツーが俺たちの帰りを待っていた。それもシャーロットにはお姫様プリンセスなんて呼びかけている。

 

「ごめんなさい、イチさん! 作って下さったなら食べますから!」

「ひひ……お姫様プリンセス、別に俺は気にしてないんだぜ……ただ、食べて帰るなら一言あってもいいんじゃないかってな……」


 部屋の中――食卓には、ご馳走かよってっ突っ込みたくなる逸品がずらりと並んでいた。

 俺たちの部屋は二人用だ。

 外交官であるナーゲラスの部屋のように広くはないが、狭いわけでもない。二人で生活するには十分なスペース、そして洗い場もついている。

 テーブルやソファだって備え付けられ、生活するには困らない。


「……ひひ、若様も長い買い物に突き合わされたようだな……」


 イチバンはシャーロットと俺が持っていた荷物――大半は舞踏会に向けた俺たちの服をてきぱきとクローゼットに押し込んだ。

 その間にシャーロットは食卓に並ぶご馳走をつまみ食い。

「美味しい……前から思ってたんですけど、イチさんって昔は料理人だったんじゃないですか?」


 合鍵を渡したわけでもないのに、イチバンが俺たちの部屋にいる。

 もう見慣れた光景だ。

 もっとも最初はひと悶着あったんだけどな。

  

「ひひ……ヒュージャックのお姫様プリンセスが俺の手料理を食べる……ひひ……自慢できるぜ……料理は趣味だな、なんでも一通りは出来ちまうんだ……それに俺はこれでも元貴族……だぜ?」


 そう言うとイチバンはキッチンに戻り、今度は洗い物をてきぱきとこなす。


「俺が料理人か……ひひ……そいつはいいな……」


 公爵家が雇い入れる何でも屋――錆のナンバーツーが俺たちに接近してきたのは俺とシャーロットが、サーキスタの都に到着してすぐのことだった。


 サーキスタで右往左往している俺たちの前に、イチバンが現れたんだ。

 イチバンは父上からの当面の資金と、俺たちがサーキスタでどう動けばよいのか、父上やマグナが考えたのだろう方針を教えてくれた。


 つまり、あいつは騎士国家で女王陛下らに怪しまれ身動きが取れない父上とサーキスタにいる俺たちを繋ぐ伝令役ってことだ。


「ひひ……若様も、食うかい?」

「当たり前だろ。買い食いぐらいで満足するような鍛え方じゃないんだよ」


 俺もシャーロットと同じように食卓についた。


「ひひっ……程々にしときな……体型が変われば、折角お姫様プリンセスが見繕った服が着れなくなるぜ……」

「そうです! スロウ様はほどほどに!」

「……分かってるよ」


 イチバンがあそこまでシャーロットの信頼を勝ち得たのは、俺たちに秘密を打ち明けたからだ。貴族として生まれたが、家を追い出され――錆に拾われた理由やこれまでの生き様、そして公爵家の仕事を通じてシャーロットの正体に気づいてしまったこと。


 あいつなりに俺たちと信頼関係を築こうとしているんだろう。そしてシャーロットは歩み寄ろうとしているイチバンの心意気を快く思った。それだけの話だ。


 シャーロットからしてみても、ずっと自分の正体を隠し続けていることの窮屈感もあったんだろう。イチバンには不思議と、心を拾いているように見えた。


「……うまいかい、若様……」

「うまいよ、言わなくても分かるだろ」

「ひひ……作った者としては感想が欲しくなるもんなんだぜ……」


 そう言って、あいつは再びキッチンに戻った。料理が趣味だというイチバンはこうやって俺たちに毎日、手料理を振舞ってくれるんだ。

 一体俺たちのことをどう思っているのやら。

 

「なあ……お姫様プリンセス、買い過ぎじゃねえの……ひひ……舞踏会は一週間だろ……?」

「スロウ様は、騎士国家ダリスの代表ですから!」

「ちげえねえ……ひひ……大は小を兼ねるっていうからな……」


 イチバンがシャーロットとの交流を楽しんでいるようで、二人のやり取りを見るのは不思議な感じだった。



 俺はこの男が十分に信頼出来る男であることを、十分に知っていた。


 だから俺は決断したんだ。

 イチバンを含む錆の連中、今はサーキスタに散らばっているあいつらの扱いをシャーロットに一任した。


「ひひっ……若様……折角、お姫様プリンセスが選んでくれたんだ……太って着れなくなったなんて……罰が当たるってもんだぜ?」

 

「うるさい。程々にするって言っただろ」


「ひひ……その言葉を素直に信じるほど、俺は人間ができちゃいないぜ……」


 小さく笑いながら洗い場に戻るイチバンの後ろ姿は、どこからどう見ても、公爵家デニングが誇る暗殺集団の一人とは思えなかった。





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