448豚 宿で俺たちを待つ男

 ナーゲラスの部屋を出て、高級宿を後にした時には、すっかりと陽が落ちていた。


「シャーロット、全部聞いてた? 俺、途中で眠くなっちゃったよ」

「スロウ様、実際に少し寝てましたよ。でもナーゲラスさんはお話に夢中で気づいてなかったですけど」

 

 そう言って、笑うシャーロット。


「それよりスロウ様、凄いですね……。寒いのに、汗かいちゃいそう……」

 

 冬だというのに、水路が張り巡らされたサーキスタの都には熱が溢れていた。


 明日から始まる『舞踏会』。

 サーキスタでは『降臨会』とも呼ばれるお祭りが明日から始まるのだけど、この熱狂ぶりは凄まじい。騎士国家では、冬は来るべき春を待ち望む季節だったけど、このサーキスタでは違うようだ。

 

「舞踏会は各国にとっては外交の場だけど、サーキスタにとっては守獣たる水の大精霊が年に1回だけ姿を現す場でもある。噂では聞いていたけど……やっばいね、この熱量……」


 俺は外套のポケットに手を突っ込んで、街中を見た。


「私、舞踏会って一部の貴族や王族、特権階級の人たちだけのものかと思っていたんですけど、全然違いました。街全体で、盛り上げているような気もします」


 街中の誰もかれもが浮かれていた。

 通りの大小にかかわらず、露店が立ち並んでいる。どこかで安さを宣伝している店員がいれば、負けじと他の店員も大声を張り上げる。人の流れを縫うように子供たちが走り回り、子供を呼び止めようとする親の声も聞こえてきた。

 それにサーキスタでは各国から要人が集まる舞踏会の時期、何千何万って人が世界中から集まるのだという。

 観光客の目的は、一年に一度、降臨する水の大精霊を見るためだという。


「あれはイーズ王国、レバドウ侯爵家の馬車だぞ! 道を開けろ」


 時に大通りには、巨大で雄々しい馬にひかれた馬車が通行する。

 真っ赤な鎧を着こんだ騎士が御者を務め、馬車に刺さる旗には赤犬の紋章。著名な貴族が乗る馬車を見るたびにサーキスタの民が叫ぶんだ。


「明日が楽しみだな。これからは、隠れ潜む心配もなくなるわけだし」


 街の雑踏を歩きながら、そう呟いた。すると隣を歩いていたシャーロット、白い外套を着こんだ彼女が言った。少しだけ耳が赤くなっている。


「舞踏会までは姿を隠すこと。公爵様との約束、スロウ様ばっちり守りましたね」


 シャーロットはにこやかにほほ笑んだ。


「そりゃあね。俺だって、舞踏会の前にスロウ・デニングがいることを知られたら騒動になるってわかってるよ」


 サーキスタにはまだ俺の出席は告げていない。

 外交官ナーゲラスを通じて、カリーナ・リトル・ダリスの代役を連れていくことだけをサーキスタ側に伝えている。

 隠れ潜まなければならない理由は当日の場で注目を浴びるためだ。俺はドストル帝国の要人に接触したいが、あちらから俺に興味を持って近づいてもらえれば、それ以上はない。


「スロウ様、完璧に振る舞いましょうね!」

「勿論。ナーゲラスの奴に散々言われたからさ、少しでもへまをしたら、あいつに何て言われるか」


 ナーゲラスには、舞踏会のテーブルマナーを教え込まれた。

 だけど、俺はこれでもナーゲラスと同じ公爵家の人間だ。いちいち、言われるまでもない。身体にマナーが叩き込まれているからな。

 あいつは俺のことを信用しなさすぎだ。




 大通りから、路地を二つも三つも超えた先にある俺とシャーロットの宿。

 ナーゲラスの宿から帰ってくると格差が際立つ。

 騎士国家の正式な外交官であるナーゲラスの部屋、あそこはやたらと広かった。室内には豪勢な家具も目立って、床の絨毯やカーテンも値が張るものだ。

 それに比べて俺たちの部屋は――地味だ。


「ひひっ、おせえよ……若様……そして……」


 そして、俺たちを待っていた男もまた、地味だ。

 染めたのだろう茶色の髪を整髪料で後ろに撫でつけた、三十代の男。陰鬱で気怠げな雰囲気を纏っており、若々しさを感じないが、目つきの鋭さは誤魔化せない。

 サーキスタの都に溶け込むことを第一優先に考えたのだろうその容姿。


お姫様プリンセス……」


 サーキスタでの俺たちの相棒――アニメの中ではイチバンと呼ばれ、シューヤを守るために戦死した男は、シャーロットの前で恭しく頭を下げ、膝まづいた。

 やけにスタイルがいいのがムカつくな、おい。



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