447豚 外交官の要望

 騎士国家の貴族、それも外交官になるような家柄になると超がつくほどのエリートだ。絶対数は王室騎士の半分もいないからな。


「理解出来ない……風の大精霊アルトアンジュですよ!? とんでもない事態だというのに、当事者である若君は旅行でサーキスタときた! それも大仕事でサーキスタへやってきた私とばったり道の往来で鉢合わせするなんて!」


 そんな外交官のナーゲラスは、はあはあと呼吸を荒げている。


「私はね――心臓が止まるかと思いましたよ! 騎士国家では、若君がどこにもいない! 他国から暗殺でもされたのかとも噂されていたのですよ! それが従者殿と二人、呑気に買い物を楽しんでいるなんて!」


 そんな世界の終わりみたいに言われても。

 折角、サーキスタにやってきたんだ。この街の醍醐味である買い物を楽しまなくてどうするんだよ。


 サーキスタは大陸南方でも唯一、北方と大規模な交易を行っている。

 南方各国はサーキスタを通じて、北方の商品を購入することが多いことから、サーキスタは交易路の中継地として、その名を広く知られている大都市である。


「可笑しいのは若君だけじゃなく、女王陛下もだ! カリーナ姫殿下の代わりに、若君を舞踏会に連れていけなど、何を考えているのか! あの方の酔狂は今に始まったことではないが、それでも度が過ぎている」


 いや、だから俺に言われても。

 シャーロットも口をぽかんと開けて困ってるじゃないか。


「外交のが、の字も知らない公爵家の若君とその従者! 舞踏会でどれだけ恥をかくか火を見るより明らかなのに! おお、神よ! 私にどれだけの難題を与えるというのか!」


 そう言って、ナーゲラスは机に突っ伏した。

 この人、酔ってるんじゃないだろうなあ。


 まあ、当然俺とシャーロットは旅行のつもりでサーキスタで遊んでいたわけじゃない。俺たちは各国の要人が集まる舞踏会に向けて、潜んでいたのだ。


 事前に騎士国家の外交官がサーキスタに到着することも、外交官が宿泊する宿も父上から伝えられていたから、鉢合わしたことだって計算づくだ。サーキスタの住人には俺の顔は知られていないが、外交官が俺の顔を知らないなんてありえないからな。

 あの時のナーゲラスの唖然とした顔といったら、無かったな。


「しかも、若君は……確かに魔法の才能は豊かだが……」


「素行に問題あるってこと?」


「自覚しておられる!」


 頭を抱えて、机に頭を下げる外交官。 

 そりゃあ俺は元々、世界にも知られる公爵家の落ちこぼれだ。騎士国家の中では、スロウ・デニングは変わったと噂の優等生だけど、国外ではどうか。


「スロウ様の素行はばっちり治りました! 私が保証しますよ、ナーゲラス様!」

 

 と、胸を張るシャーロット。


「君が保証する? 従者殿の言葉なんて信用できるものか! 我々は陛下の名誉のためにも舞踏会で各国の笑いものになることだけは避けなくてはいけないのです……」


 俺に面と向かって、お前はダメだと言う人は家族以外にはいない。


 外交官ナーゲラスが公爵家を恐れる必要のない大貴族って理由もあるけどさ……。


「それで、ナーゲラス。俺たちの目的だけど――」

「若君が仕切っておられる! 私が外交官なのに――!」


 残念だけど、俺は父上からの依頼で特別な秘密任務を与えられていた。

 それは舞踏会にやってくると噂のドストル帝国からの要人に接触し、狙いを探ること。


「女王陛下から与えられた命令は単純にして明瞭。南方各国、さらに北方の要人までもが集う場で、我が国が主役になることです! 考えようによっては、風の大精霊アルトアンジュから気に入られた若君、話題性は抜群ですが――お願いですから、問題を起こさないでくださいよ、若君。他には何も望みません」


 既に風の大精霊さんが騎士国家に現れたことは、周知の事実となっている。

 あいつは今、デニング公爵領地にいるのだ。大精霊さんが自ら大切なシャーロットの傍を離れるなんて珍しいことがあるもんだ。一体何をしているのか。


「分かってるって。任せてくれ――」


 胸を張って、ナーゲラスを見返した。

 それから俺とシャーロットは、ナーゲラスに舞踏会での振る舞いやマナーを何度も何度も語り続けた。




―――――――――――

一日一話で更新中です。

https://kakuyomu.jp/works/16816452220069941408

冒険者ギルドの頂点に君臨する僕の正体(普段は愚鈍な学生)が、手違えで召喚した少女に暴かれてしまった件

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る