445豚 サーキスタにて衣装を買う

 唐突だけど、俺はこれまでの人生で動物ペットを飼ったことが無かった。

 公爵家で生活していた時も、アニメ知識を思い出してからも。

 

 愛玩動物、使役魔物含め、動物ペットを飼おうなんて余裕が持てなかったこともが何よりも大きいだろう。それにご主人様の周りから離れられない動物ペットという概念それ自体が、何となく不幸だなあとか思っていたのも理由かもしれない。


「タイは……赤色にしましょう。上着は……もう一着、持ってきてください! 形がしっかりしたものでお願いします! ――あ、動かないでくださいスロウ様! もっとベルト、締めますね!」

「ぐへえ!」

「我慢してください、スロウ様!」


 何が言いたいかといえば、今の俺も動物ペットみたいなものだなあってことだよ。


 何やら壮大な企みを持っている父上らの操り人形としてサーキスタに送られ、困難極まりない仕事を与えられている。


 サーキスタの首都にて明日から開催される舞踏会、大陸南方中から名前を売りたい王族、貴族、士族連中が集まる魑魅魍魎の場に俺が適任だろうと派遣されたのだ。

 どこが適任なんだか。


「ほら! やっぱりスロウ様には赤が似合うんです!」

「……」

「もう! 今日はまだ許しますけど、明日からは不貞腐れた顔は禁止ですからね! 自信満々な感じでいきましょう!」

「ぶひい……」


 毎年、騎士国家からも王室や父上が参加していた外交の場に、社交界とは無縁の人生を送ってきた俺だぞ? どこが適任なんだろう? それでも父上は、正体不明のドストル帝国の要人と接触するのは俺が相応しいと思ったらしい。


 目的をしっかり話せば、俺の兄妹だってしっかりとやり遂げるに違いないのに。

 でも、俺としては助かる面もあった。だってこの国、サーキスタでも騎士国家に風の大精霊が現れたという話題で持ち切りだったんだから。あのまま騎士国家に残っていれば、暫くはまともな生活は送れなかった。

 

「もう勘弁してくれ、シャーロット。俺は服にこだわりはないからさ。当たり障りの無い、安いので十分なんだよ。ていうか、俺よりもシャーロットの服を選ぼうよ。俺も服も確かに大事だけど、俺と一緒に出席するシャーロットだってさ――」


 今の俺はシャーロットの着せ替え人形だった。

 身体全身を映す試着室のガラス前で様々なポーズを取らされ、どの服が一番俺に似合っているかを念入りに確かめられている。

 全ては来るべき社交界デビューのためだ。


 はあ、店内を貸し切りにして良かったよ。

 じゃないと、俺に服を与えてあーでもない、こーでもないと騒ぐシャーロットが他の客から注目を浴びる羽目になっていただろう。

 

「ダメです、スロウ様! スロウ様の衣装には妥協しません! 公爵様からは騎士国家を代表するぐらいの気持ちで、って言われてますし、私なんかの服よりもスロウ様の服のほうが遥かに重要ですから!」


 シャーロットがこれだけやる気を見せているのには理由がある。


 シャーロットの正体を、父上は知っていた。

 風の大精霊は亡国ヒュージャックから逃げ延びた際、俺だけじゃなくて父上とも接触していたのだ。

 俺とシャーロットは逃げるようにクルッシュ魔法学園を逃げ出したから、あれから父上と直接に顔を合わせていないし、諸悪の根源である風の大精霊さんも父上の傍から離れていない。一体、父上と風の大精霊さんは何をしているのか。


「あのさ、シャーロット……今更だけど、俺たちは素材が違うよね」

「素材ですか?」

 亡国ヒュージャックにて死んだはずのシャーロットという存在は、正体が知られたら厄介な問題が幾つも頻出する爆弾みたいなものだ。面倒を承知で、今もシャーロットを抱え込んでいる公爵家、そして父上。

 だからシャーロットは今まで以上に父上や、公爵家デニングというものに並々ならぬ感謝の気持ちを抱くようになった


 さて、きょとんと首をかしげるシャーロット。 


「誰がどう見てもシャーロットと俺が一緒にいれば、俺の方がおまけに見えると思うんだ。やっぱり生まれの差ってこういう所に出るんだなあ」


 そう言って、俺は店内をぐるっと見渡した。

 一階から三階までびっしりと衣装が飾られている。下着から上着まで、用途も普段着から礼服、燕尾服といって何でも用意されている。

 それに店内も華やかで、なんて言うか上品だ。

 国が違うからって、店の雰囲気もここまで変わるのか。騎士国家の王都だって、ここまで煌びやかなお店はないぞ。


 でも、これがこの国、サーキスタでは当たり前だったりするんだ。

 一歩店を出れば、大陸南方で最も見栄えと美麗を尽くした街並みが広がっている。


「――ん、んん! ごほんっ!」


 店内には俺たち以外に、所在なさげに立つ中年の姿があった。

 とっても威厳があり、恰幅もいい。髪の毛は寂しいが、太り気味なところに俺は親近感が湧いていた中年の男性。


「若君、そして可憐な従者殿! ……それで、買い物はまだ終わらないのかね?」


 彼はずっと店内で服を選ぶシャーロットを見つめていたが、さすがに長すぎだと不満の声を上げた。俺としては助け船を出してくれた救世主のようだ。


「明日に迫った舞踏会は、お遊びの場ではないのだ。戦場の華とされる公爵家デニングともなれば重要性が分からずとも仕方のないことだが、普段は私のような文官が担当する戦場ということを十分に認識するように。んんっ!」


 彼の名は――ナーゲラス・フロスティと言うらしい。

 歴代、騎士国家の外交・渉外を担当する大貴族、フロスティ公爵家の直系であり、光のダリス王室が国外へ外遊のため赴く際は王室騎士と共に同行する外交官。


「んん、ごほん!」


 俺が言うのもあれだけど騎士国家の中じゃ軍務を司る公爵家デニングよりもちょっとだけ格の劣るが、大貴族である。


 本人は公爵家デニングに匹敵するとか思っているだろうけど。


「それではお二方、我々が北方交易拠点とも繋がる大都市サーキスタで何を成し、何を祖国へ持ち帰るか――目的を確認するために静かな場所を移りたいのだが構わないかね? んんっ、ごほん! 早く衣装を選びたまえよ、従者殿!」


 つまりまあ――1週間にも渡る舞踏会で俺たちと共に行動するため、女王陛下エレノア・ダリスからサーキスタへ派遣された経験豊富の交渉人ネゴシエーターである。



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