大国サーキスタにて孤立無援(仮)

【シューヤ視点】444豚 プロローグ

 公爵家デニングの直系といえば将来の成功が約束された家系だろう。


 少なくともシューヤ・ニュケルンが知る限り。

 騎士国家で最も力を持つ貴族と言えば公爵家なのだ。


 それも公爵家の当主ともなれば、底辺貴族出身のシューヤからすれば生涯で一度も関わることがないと思っていた相手だった。


 だけど、今。その公爵家の当主がシューやの目の前に座っている。


「次回の新商品は公爵領地での発売を皮切りに、騎士国家全土に広げていきたいと考えています」

「……貴家はあのペンドラゴンと蜜月の関係だと伺っていたが? 騎士国家に流通しているしている青の秘薬ポーションはすべてペンドラゴンを通じているだろう」


 今、シューヤが立つのは公爵家直系が住まう館、その応接間サロンである。

 応接間で二人の男が話を進めている。

 一人は公爵家の当主その人、バルデロイ・デニング。そしてもう一人は商品販売のため、公爵家の力を借りたいと言っている商売人だった。


「公爵様。有象無象の者が訪れる中、あえて私に時間を作って頂いた。つまり、貴方も新しい商品に興味がある。我が家は、青の秘薬ポーション造りに人生を捧げる変人ばかりだが、ここの所ぜひとも公爵家の傘に入りたいと望む者が多く。勿論、ペンドラゴンとの関係は重要です。しかし、新しい青の秘薬ポーションはその限りではない」


 シューヤに与えられた王室騎士としての次なる職務は公爵の監視。

 怪しげな連中と接触していないか、不穏な会話を行っていないか、公爵の身の回りにピッタリとくっつき、王都の女王陛下に報告することがシューヤの仕事だ。


 しかし、陛下の考えすぎじゃないかと思うシューヤである。

 こうやって毎日、公爵を監視しているが目立った様子もない。少なくともシューヤの目に映る公爵は白。公爵の会話にドストル帝国の話題なんて全く出ない。

 陛下の思いを受け止め領地発展に努めている。


「勿論、興味は公爵家の背後に現れた風の大精霊含め、ですが。公爵様、我々は莫大な利益を提供いたします。悪い話では、ないでしょう?」


 しかし――だ。

 話の規模がデカすぎやしないかとシューヤは思う。


 シューヤの父親、ニュケルン男爵の元にもこういう類の話が持ち込まれる場合があるが、さすが公爵家だ。今、公爵と対面しているのは、魔導大国ミネルヴァで幅を利かせる貴族階級であり、シューヤも愛用する青の秘薬ポーション造りの大家なのだから。





 陛下によって王室騎士に取り立てられ、1か月が経過した。

 そろそろ先輩騎士であるセピスと交代の時間。廊下を歩いているとすれ違う公爵家の関係者たちからは、物騒な視線を向けられる。


「……」


 騎士や執事、メイドに至るまで、黒い感情がシューヤにぶつけられる。


「ただの学生が王室騎士ロイヤルナイトか。奴らの権威も落ちたものだ」

 

 ――構わない。彼らから嫌われていることは分かっていた。

 王室騎士と公爵家の仲がよくないことはシューやだって知っている。それに今のシューヤの立場は公爵の監視、彼らから快く思われるわけがないのだ。


「……げ」

 

 だけど、あれは別格だ。

 前から、すたすたとそれがやってくる。シューヤはごくりと喉を鳴らした。何日経っても、あれだけには馴染めそうもない。

 それは黒い猫。シューヤのことなんて眼中にないとばかりに歩いている。


 あれは、風の大精霊アルトアンジュだ。 

 今や公爵家デニングの後ろ盾となった大精霊。

 しかも、寵愛者はあのスロウ・デニング。

 シューヤは彼と風の大精霊の間に縁があることを何も知らなかった。


 シューヤだけでなく、騎士国家の誰もが彼と大精霊の間に存在する縁を知りたがっているが、彼は今、専属従者と共に行方不明。

 父親である公爵ですら、彼の行方を知らないという。


「……はあ、いつまで続くんだろ」


 溜息。

 公爵の監視が重要であることは知っているが、騎士としては退屈極まりない。


 王室騎士ロイヤルナイトになって知ったが、騎士の間にも序列がある。

 なり立てのシューヤに回ってくる仕事は地味な仕事ばかりだ。今日も公爵が誰と接触したかを事細かに記録し、王都に報告している。勿論、重要な仕事であることは分かっているが……。

 

「俺もいつかは、王室の方々の外遊についていったりしたいなあ」


 王室騎士として最も誉高い業務、それは王室外遊に伴う護衛だと誰もが言うだろう。女王陛下外遊時は常にお傍へ付き従う守護騎士ドルフルーイ卿のように、光のダリス王室を傍で支えることこそが、王室騎士の使命と言い換えてもよかった。


 つい最近、先輩騎士のセピスがカリーナ姫のサーキスタ外遊の護衛に抜擢されたことも、シューヤの憧れに拍車を掛けていた。


 外遊の護衛はまさに王室騎士の花形だ。

 ただ、シューヤは自分のような問題児には縁がないだろうとも思う。自分の内側には、戦闘を望む火の大精霊が今も巣食っているのだから。


「……シューヤか」


 公爵領地に存在するもう一人の王室騎士。

 最近は重要任務に抜擢され、機嫌がすこぶる良かったセピスが廊下の壁を背にしている。シューヤは目的の人物をやっと見つけ、声を荒げた。


「セピスさん、交代の時間です。ていうか、困りますよ! 交代なのに、姿を見せないなんて。俺たちの仕事は四六時中、公爵の傍にいることだって俺に言ったのはセピスさんじゃないですか――!」

「……そうだな」


 しかし、セピスの様子がおかしい。平時は冷静沈着、表情を一つも変えることのない期待の王室騎士が眉間に皺を寄せていた。


「セピスさん? 何かあったんですか」

「……シューヤ――カリーナ殿下のサーキスタ外遊が、中止になった」


 まるで見えない誰かに語り掛けるような口調でセピスは言う。

 一瞬、何を言われたのか理解出来なかったが、言葉の意味を頭の中で反芻し、シューヤは声を失った。


 ●


 バルデロイ・デニングは対面に商人を置いたまま、交代のために部屋を出て行った若き王室騎士に思いを馳せる。

 名前はシューヤ・ニュケルン。

 学生の身にありながら王室騎士へ取り立てられた不幸な少年だ。

 スロウが彼の面倒を見ていたこともよく知っている。さらに女王陛下がを好むことも十分に。


「――公爵様、ペンドラゴン卿が動きました! 慌てたあの様子は間違いなく、王都ダリスよりの火急な知らせかと!」


 静寂に包まれる室内を切り裂いたのは、扉を開けて入った少女によるものだ。

 

「あ……も、申し訳ありません……大事な商談中に……」


 公爵の他に、室内に存在したもう一人の存在に彼女は気づかなかった。


「構わない、ミント。彼は口が堅い。それでセピス・ペンドラゴンの様子は……何か気落ちしている姿が見えたか」

「……はい、公爵様の言う通り、ペンドラゴン卿が朝から元気がありません……」


 ミントから報告を受け、バルデロイ・デニングは大きく頷いた。


「報告は十分だ。下がってくれないか」

「……わかりました」


 そしてどこか不満足な様子で、公爵の専属従者は部屋を後にする。


 彼女の気配が去ったことを確認すると、公爵の対面に座っていた商談相手がくつくつと静かに笑い出す。大抵の人間は公爵の専属従者があの少女と知ると驚くものだが、彼の笑いどころはどこではないらしい。


 何かを考えこむ公爵の代わりに、男が口を開く。

 

「王都からの知らせは、カリーナ殿下によるサーキスタ外遊の中止を知らせるもの。そして外遊時における王室警護は騎士の花形。カリーナ殿下と共にサーキスタへ向かう予定であったセピス・ペンドラゴンにとっては納得出来ぬ凶事だね。バル」


 時を同じくして、セピス・ペンドラゴンはシューヤ・ニュケルンを空室に連れ込んで、王都よりもたらせた情報を共有していた。


 あのカリーナ・リトル・ダリス。

 未来のダリス女王として君臨する姫殿下の社交界デビューは、サーキスタ外遊直前にして破断となったことを。

 

「ふふ……確かにお前の言う通りになったな――」


 公爵の笑みは深い立場にある者特有の、複雑な感情を伴ったもの。


「――マグナ」


 公爵が口にした言葉で、室内の空気が凛と張り詰めた。


 王室騎士シューヤ・ニュケルンは気づけなかった。これまで公爵と商談を行っていた人間こそが、騎士国家ダリスが多額の懸賞金を掛けて追っている男だとは。





―――――

次話からスロウ視点

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