436豚 父上は狸爺
舞踏会への参加? なんで、どうして?
もしや俺への嫌がらせ? だって舞踏会なんて俺が一番苦手なやつだからな。
高貴な身分の人間が沢山集まって、皮肉交じりの会話があちこちで繰り返される。でも、舞踏会に出るだけで父上の命が助かるなら安いものだろう。
「勿論、出席してもらうでは不十分です、バルの息子」
しめしめ、なんて思っていた俺の内心を見透かすように、マグナは言った。
「君に接触してもらいたい要人がいる。バルでは年齢が大きく違いますが、君だと適任だ。年齢だけじゃなく、国内の立ち位置も君と彼女は似ていますから」
……彼女? ってことは、俺と同年代……?
サーキスタの舞踏会だし……いやいや、アリシアはないよな。
頭の中でぐるぐると思考が回る。マグナ、この爺さんが父上の命やヨーレンツ騎士団と天秤に乗せるような要求なんだ。どんな無理難題を言ってくるのか。
少なくともアリシアへの接触なんて、簡単すぎるってもんじゃない。
「バルの息子。サーキスタで君に接触してもらいたい相手はフェイと呼ばれる少女です。サーキスタ国王が主催する式典へ呼ばれるにしては、素性が隠され過ぎている。しかし、私たちは彼女の正体を突き止めました」
来月、サーキスタで開催される舞踏会は、貴族であれば誰もが憧れる社交界の頂点だ。参加者だって超一流の上流階級ばかり、錆の連中がわざわざ調べるってことはきな臭い相手なんだろう。誰だよ、一体。
「正体はフェイ・ドストル――ドストル帝国で死神と呼ばれる王女です」
……そうきたか。
マグナとの交渉が終わり、大聖堂へ戻る道すがら。
俺の姿を見つけると、ヨーレンツ騎士団の連中が大勢、声を掛けてくる。
「若様、ご無事でしたか!」
「魔法の力が! 若様が奴らと話をつけたのですか!?」
手をひらひらと振りながら、大聖堂への道を歩く。
細かい話を騎士たちにするつもりもなかった。
騎士たちの魔法が戻ってきたのは、マグナと話がついたからだ。マグナの要求に俺が頷くと、あの爺さんは暗闇に隠れていた仮面の男たちに水晶の破壊を命じた。
「坊ちゃん――!」
騎士たちの間を縫うように駆け寄ってきたのは、シルバだ。
聞けば、シャーロットやクラウドは父上の傍についているらしい。騎士たちだけじゃなく、父上も魔力が戻っている。
力の指輪の後遺症があったとしても、あの父上のことだ。すぐに目を覚ますだろう。それよりも、だ。俺はシルバを捕まえて、聞いた。
「シルバ。お前、女王陛下との仲いいよな?」
「へ……? 女王陛下っていえば……どの陛下っすか?」
「エレノア様だよ。お前は公爵家の騒動を解決するために国宝の付与剣を貸し与えられるぐらいだ。相当、信頼されているって考えていいよな?」
「まあ、そこそこには……信頼されていると思うっすけど……」
シルバは平民だ。にも関わらず、女王陛下から付与剣を貸し与えられている。
万が一シルバが国外にでも逃亡すれば、他国の手に付与剣がわたることになる。そうなれば国の一大事。だけど、こうしてシルバの手に付与剣が存在している。
高級な餌を与えてでも騎士国家に縛り付けたい特別な平民。
それが女王陛下からシルバに対する評価。
父上が体を休めている大聖堂へ歩きながら、シルバへ簡単に事情を説明する。
事態は解決したこと。錆は再び公爵家の下につく。それはつまり父上の管理下にあるってことだ。
「す、すげえじゃねえっすか! 坊ちゃん! 俺はもう公爵家の終わりかと思ってたんすけどッ! こんなあっさりと解決するなんて!」
目を見開くシルバ。
勿論、あれは言わないぞ。俺が父上の代わりにサーキスタへ向かい、ドストル帝国の要人に接触することは秘密。
マグナから俺への要求事項は単純だ。
来賓として招待されている父上の代わりにサーキスタの舞踏会に招かれたドストル帝国の王女、フェイ・ドストルと接触し、目的を探ること。
ドストル帝国の要人が、何を考えて、サーキスタの招待を受けたのかを。
「……」
考え事をしながら歩いていると、すぐに荘厳な大聖堂が見えてくる。
俺の周りにはシルバだけじゃなく、大勢の騎士たちの姿もある。魔法が戻ってきたことで、再び錆へ攻勢を掛けようと言う馬鹿もいる。
これだから頭が筋肉の騎士は困るなあ。
大聖堂の扉が開く、扉の中から姿を現したのは父上だった。
いつものように眼鏡をかけ、息子の俺の目から見てもひどくやつれている。父上の傍で安静にするように叫んでいるのは、父上の従者であるミントだ。
俺は父上の顔を見て、今すぐにでも魔法をぶっぱなしたい衝動に襲われた。
「錆は変わらず父上の管理下にあると約束した。全て解決です」
俺の言葉に不意を突かれた様子の父上だったが、一瞬だけ父上の口元に笑みが浮かんだのを俺は見逃さなかった。
「そうか……さすが我が息子だ。疲れただろう、今日はよく休め」
父上はその後、錆への手出しは厳禁とヨーレンツ騎士団に伝えた。
敵意を剥き出しにし、完全に反目した錆へのお咎めは無しとしたのだ。
父上の弱腰の態度に反論したそうな騎士もいたが、結局のところヨーレンツ騎士団には一名の被害も出なかったのだ。勿論、俺がマグナの要求を飲んだからだが、あれだけの相手と敵対にしては、被害が小さすぎる。
「若様! 公爵様はお休みになられています!」
「通してくれ、俺にはあいつと話す権利がある」
だから、俺は父上が眠る寝所に堂々と忍び込んだ。扉の前には父上の専属従者であるミントが立っていたが、邪魔だ。
「退け、ミント」
彼女の肩を掴むと、俺の怒りの感情が伝わったのかミントは引いた。
寝所の中には、椅子に座り、眼鏡を吹いている父上の姿。
「スロウか。そろそろ来る頃かと思っていた――
父上は杖を持ち、扉に向けると静かに扉が閉まった。専属従者であるミントにも聞かせられない話をこれから俺はするつもりだ。だから、都合が良かった。
俺は椅子を引くと、父上と同じようにどっしりと座り込んだ。
父上ながら、この男には言いたいことが山ほどあった。あの用心深い父上が錆と敵対するまで何の手を打てなかったのか、という切っ掛けから、全てに至るまでだ。
「……で、私に聞きたいこととは何だ?」
俺だって気が長いほうじゃない。
それに昔から父上、この狸爺との間には苦い思い出ばかりが残っている。
だから単刀直入に聞くことにした。
「今回の件、全て貴方とマグナが仕組んだ話だ。女王陛下を欺いて、何をするつもりですか。
「……ふ、ふふ、ははは、ははははは! はっはっは!」
一拍の静寂を置いて俺の言葉に父上は笑った。
心の底から楽しくて仕方がない、そんな風に笑う父上を見たのは初めてだった。
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