437豚 父上が語る

「最前線から奴らが軍を引き上げたことで、歴史でも類を見ないドストル帝国との全面戦争は食い止められた。しかし、私は思い知ったのだ!」


 身体の節々が痛むのか、時には顔をしかめながら父上は語る。

 バルデロイ・デニング、俺の父上のことを表現するなら……徹底的に疑い深い男、心の深い場所は腹心にだって打ち明けない。


「最前線で私は軍を率いて奴らと向かい合った。笑えるぞ、スロウ。騎士国家とドストル帝国の間に広がる国力の差は圧倒的で、この私が……騎士国家に並ぶ将無しと呼ばれたバルデロイ・デニングが恐怖を感じたのだ」


 最前線の恐ろしい噂は俺も聞いたことがあったよ、帝国軍の前に立つ騎士国家の兵士は戦いが始まっていないにも関わらず怖気付く程だったという。帝国の兵士ってのは俺たちが生きる大陸南方と違う、戦争の繰り返しだ。やるか、やられるか、そんな世界で勝ち続けた兵相手に、南方の兵士がどこまで戦えるか。


「幾度も頭の中で模擬戦闘を重ねたが、一度侵攻が始まれば止めることは不可能と結論付ける他無かった。戦いは発生しなかったが、騎士国家は負けたのだ」


 言いながら、タバコの煙を口から吐き出す父上。

 数時間前までは激戦で意識を失っていた男とは思えない。だけど、父上がこういう策略を好むってことを俺は誰よりも知っていた筈なのに。

 

「私とマグナ爺の思惑は一致した。ドストル帝国への刺激を嫌う陛下には何も語らず、我々は備え始めたのだ。南下を諦めたドストル帝国の興味が、どこへ及ぶのか――もし我々が生きる南方に向かうのであれば、食い止めねばならない」


 ドストル帝国の動きを探らねばならない、その辺は俺も同意だけどさ……実際、ここまで大掛かりな芝居をする必要はあったのかよ。

 意味が分からない。

 クルッシュ魔法学園が崩壊寸前なんだぞ……。また公爵家の悪名が広がるというか……まあ、父上は気にしてないだろうけど……被害額はどこまで積みあがるか。


「……これだけの戦いが必要だったのですか」


「必要だ。派手に錆を動かしたからな、陛下は公爵家の動きを疑われている。公爵家の血を流さねば、疑り深い陛下は断じて納得しない」


 それにも同意するけどさ。現地で巻き込まれた俺だって、公爵家の未来は終わりだって頭を抱えそうになったんだから。


「しかし、我々はようやく尻尾を掴んだ。帝国の要人がサーキスタへ向かう、帝国の手がサーキスタに伸びようとしているのだ」


 勇ましく語る父上だけど……事の重大さが分かっているのかよ。

 父上が行っていたことは、女王陛下への反逆だ。騎士国家の忠実な犬で在り続けた公爵家が、女王陛下の意思とは異なる方向へ動き出しているんだ。


 ……呆れて何も言えない。

 今すぐにでも俺はこの場から逃げ出したかった。父上の危ない思想に巻き込まれるわけにはいかない。父上……やっぱり頭逝っちゃってるな。


「二つの問題を解決するために、頭を捻った。どうやって女王陛下の目を欺くか、そして誰をドストル帝国の要人と接触させるか。サーキスタへは信頼の置ける者を送り込む必要がある」


 聞けば、ヨーレンツ騎士団と錆の敵対は父上とマグナの爺さんの二人で作り上げた壮大な物語だ。二つの組織の構成員は何も知らず、ただ動かされていただけ。

 

 だけど錆とヨーレンツ騎士団の敵対が見せかけだと知ったら、被害の小ささにも納得出来る。あの大量の血酔水晶だって、父上の後ろ盾があれば集めることも可能だろう。話を聞けば、全てを知るのは父上とあのマグナという爺さんだけらしい。


「スロウ。お前の首を縦に振らせるためには、生半可なやり方では無理だと分かっている。だが、お前は自らの意思でマグナ爺の提案に頷いた。まだ公爵家への未練がある、違うか」


「……詐欺だろ」


 俺は父上が公爵家の未来のために死ぬ気だと思って……。


「そうだ、詐欺だ。だが、お前は頷いた」


 ……ふざけんな。どこからどう見ても自作自演の詐欺だ。


 目的を達成するための執念深さ、家族さえも利用する狡猾さ。

 だけど、大貴族たる公爵家の当主には必要な力だとも思う。そう言えば、アニメの中でも父上はそうだった。陛下の考えに逆らってシューヤを殺そうとしたんだ。


「……断ると言ったら?」


 色々思うところがあるけれど、何よりも父上の思うがままに動かされることが癪だった。昔からこの男には言いようにやられてきたんだ。

 公爵家の当主になるために、随分なスパルタ教育を受けさせられた。思い返すに、俺が公爵家で味わった苦難の大半にこの男が関わっているんだから。


「スロウ。風の大精霊がお前に纏わりついている、お前のこれからは地獄だぞ――」


「……」


 ……そうだった。

 俺は風の大精霊さんが暴露した一件を思い出して、その場にうずくまりそうになるのだった。

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