434豚 俺だけの秘密

「……」

 父上が便利に使っていた錆の連中は、基本的に一人で行動をする。何ていっても、奴らの仕事は暗殺とか拠点破壊とか、隠密行動ばかり。大所帯よりも単独行動がベストというわけだ。

 奴らが根城にしている場所は知っていた。だから、向かった。すると現れたのは、あの男。錆のナンバーツー、灰色の狼仮面。イチバン。俺の魔法を奪った男。


「……若様、ひひ……爺さんに、合わせてやるよ……それが目的だろ?」

 

 まさに俺の目的はそれだったら大きく頷いた。

 すると、イチバンが俺をマグナと呼ばれる男の元に連れて行くと言った。

 俺は父上の側に立っている、つまりお前たちの敵だ。この先にいるのは、錆の頭目。奴らが爺さんと慕う男。公爵家に喧嘩を売ろうなんて考えた危険な人間。


 俺は今から、錆の頭目、マグナと交渉を行うのだ。

 このクルッシュ魔法学園での戦いは決着がついた。どんな手を使われたとしても、魔法を奪われたとあっては父上は負けたのだから。勝負は非常だ。時には一瞬で勝負がつくこともある。個人的には負けたと思っていないが、父上の戦いは終わりだ。


「……ひひ、驚いたかい……あいつら、若様に挨拶がしたいってな……」


 暗闇の中からぬらりと姿を現す仮面の男たち。ヨ―レンツ騎士団によって傷ついていたはずだが、既に全快している。俺たちとは違って、奴らの魔法は健在だからな。

 そして、一人一人があの水晶を持っている。

 見せつけているのか、否か。

 少なくともあれを砕けば、魔法が戻ってくる。


「騎士団の連中とは違ってな……俺たちから若様への態度に風の大精霊は関係ない……ひひ……」


 奴らは俺の姿を見ると、立ち上がり仮面を取る。これまで頑なに姿を見せず、戦い続けた男たち。アニメ知識を持つ俺は知っていた。奴らが仮面を取り外す意味、それは敬意だ。確か、そういう意味だったと思う。

 可笑しい、何だこれは。だって、錆の面々は父上に対して敵意を持っていた。俺だって、ゴーレムを操る石仮面を捕らえるためにクラウドを使った。完全な敵対行為。

 なのにあいつらは……俺に対して、敬意?


 ……歩く。歩き続ける。向かう先は、マグナの元へ。

 一体どこに向かっているのか。クルッシュ魔法学園は広い、学園機能が集まっているの中央区画を超えて、まだ歩き続ける。クルッシュ魔法学園は一部の食料を自給自足しているから、牧場や農園なんかも扱っている。俺は今、原っぱを歩いていた。

 真っ暗闇の原っぱだ。魔法が使えないから、光も出せない。


「……若様、ひひ、俺たちは外れモンだ……」


 歩き続けていると、不意に前を歩くイチバンが口を開いた。

 何かを吸っている。口から煙を吐き出して……右手を見れば、人差し指と中指の間に何かを挟んでいる。あれは煙草?

 

「真っ当には生きられねえ……もう傭兵にもなれねえ……力にすがって、生きていくしかなかった……ひひ」


 知っている。錆の連中は全員が落伍者だ。生まれついての才能にあぐらをかいて、力の使い道を誤り、騎士国家から放逐された連中。いわゆる、ろくでなしだ。

 騎士国家は厳格な国だ。道を誤った貴族を許すような社会じゃない。それはアニメの中で、シューヤが世界を救った後、この俺スロウ・デニングが受けた扱いと同義。


「だけど……爺さんは……人生のどん底って時に現れるんだ。力の使い道……俺たちに生きる意味を与えてくれた……若様、ひひ、俺たちは勘違いしてした……自分が特別な人間だってな。道を外れた行いに手を染め、失ってから大事な物に気付く大バカ者。だが、遅すぎた、俺たちは既に死んだ人間として処理され、家にも帰れねえ…………」


 それは、独白だった。

 別に俺に語りかけているわけじゃないのだろう。だから、俺も言葉を返す気にはならなかった。


「……俺たちは公爵家のために仕事をするわけじゃねえ。勿論、公爵家から与えられる金は魅力的だ……ひひ、でも、爺さんの命令だから俺たちは動く……いろいろな悪いことをやった……殺した貴族の数は、両手でも足りねえな……?」


 聞き取りにくい。この男は偏屈で性格も悪い。自分を誰かに理解してもらおうなんて思っていないだろう。変人の極みみたいな男だ。だけど、意外なことにアニメの中ではシューヤとの相性は悪くなかったように思う。


「……爺さんの元で戦い方を学んだ……変装の手ほどき……存在の消し方……喋り方、果てには……料理や洗濯まで……身体一つで、俺たちはどこへだって潜入出来る……仕事のために、数年誰かに化けることもある…………何かのために力を使うってのは、案外いいもんだと爺さんの元で知った……」


 帰る場所の無い貴族たちの集合体、それが錆の真実。そして俺の父上を筆頭に、公爵家という大貴族は錆に所属する魔法使いを利用し続けた。後ろ暗い仕事を任せる代わりに大きな報酬を与え、さらに騎士国家のためという大義名分を与える。

 公爵家が騎士国家の中で、盤石の勢力を保つ理由はそこにある。

 デニング公爵家の凄みは当主直属のヨ―レンツ騎士団じゃない、こいつらなんだ。


「ひひ……この国は負けるはずだった。ドストル帝国に蹂躙され、全てを失うはずだった……騎士国家の中にさえ、奴らは手を伸ばしていた……公爵家の騎士の中にも帝国の息が掛かった人間がいた…………だから殺した……愕然としたな……ひひ、まさか公爵家の中にスパイがいたなんて……」


 イチバンの言う通りだ。帝国は常に備えている。ダリスにもサーキスタにも自由連邦にも南方の名だたる国家のあちこちにスパイを送り込んでいる。

 アニメの中で帝国に寝返った騎士国家の有名なキャラクターだと、あいつだ。

 侯爵家の堕ちた王室騎士、セピス・ペンドラゴン。クルッシュ魔法学園を断トツの成績で卒業して、学園長の推薦で王室騎士にいきなり抜擢されたスーパーエリート。俺が王都にいた時はあいつの姿を見なかったけど、長期の仕事で国外にでも行っているんだろう。陛下は有能な部下には絶えず試練を与えるからな。


「ひひ……結局、最後に手を下したのは公爵だったが……」


 軍部で高い地位に就く俺の兄姉たちだって、錆のことは詳しく知らない。公爵家がどれだけ後ろめたいことをやっているか……。


 不意に、ヨーレムの町にいるだろうサンサのことが気になった。サンサは大人しくしているだろうか。父上が戦いに敗北したと知ったら、姉さんならどうするだろう。戦うか、投降するか。……きっと、命を捨てて特攻するだろうな。サンサは良くも悪くも、公爵家の生き方に染まっている。


 イチバンの独白はまだ続いている。そろそろ広大な農地に差し掛かる所だった。


「……ドストル帝国は南下政策を取りやめ……あの半人半魔の亡霊ドライバックが帝国を離れた……ただの偶然であるはずじゃねえ……なのに、誰も知らねえ。知ろうともしねえ……ひひ、戦争を止めた人間がいる。俺たちだった……俺たちがドストル帝国に潜入し、命を捨てても、やり切るはずだった……俺たちの仕事を……横からかっさらいやがった……」


 もういい、確定だ。

 この男、イチバンは俺の秘密を知っている。

 俺が迷宮都市でドライバック・シュタイベルトを迎え撃ったこと。迷宮都市のギルドマスターと共闘し、火の大精霊の力を借りて奴を撃退した。頭の中でリフレインされる。燃え盛る業火の中で、俺はドストル帝国三銃士の一人と戦ったんだ。強かったなあ、あいつ。俺一人の力じゃ、今でも倒しきれるイメージが沸かない。


 だけど、全員が知っているのか? 俺が戦争を止めたことを、錆の連中全員が。

 聞き返そうとした。でも、立ち止まる。

 背中にぶつかった。イチバンの背中だ。


「……俺たちが反乱を起こした理由は、爺さんが教えてくれる……ひひ」


 向こうに池が見えた。

 農地に水を提供する巨大な池、そんな池と池を繋ぐ、桟橋の真ん中に誰かがいた。枯れ木のような老人だ。こちらを見ている。飲み込まれそうな何かを感じた。見てくれはただの老人なのに、そう思わせない何かがあの男にはある。


「ひひ……この先に行けるのは、若様だけ……そう言われているからな……」


 背中を押された。いつの間にか俺の背後に回っていたイチバンに促される。 

 この先へ向かって、父上の敵であるあの男と話せって。

 振り向けば、暗闇の中にイチバンの姿は消えていた。


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