433豚 シューヤの水晶

 はあー、大きな大きなため息を吐き出したい気持ちだった。

 学園の中ではしんとしている。当然だよな。大勢の学生たちは近くの街に追い出されたんだから。俺は地面に座り込んで、シルバやシャーロットから一体、何が起きたのかを聞いていた。


「で、シルバ。それが」

「……坊ちゃん、こいつがその……例の物です」


 シルバが持つのは、透明で鋭い何かだ。透明な欠片。綺麗なガラス細工を地面に叩きつけたら、あんな感じになるだろう。


「こいつが……!」

「シルバさん、手から血がッ!」


 シルバが握りしめると破片はパラパラとした粉になって、地面に落ちた。やりすぎだ、どんだけの力を込めたんだか。でも気持ちは分かる。それにシルバは父上の傍で戦っていたんだから。そいつの効果を誰よりも分かっているだろう。人質にされていたクラウドには悪いけど。


「馬鹿、手をこちらに向けろ」

 咄嗟にクラウドがシルバに向かってヒールの魔法を使おうとする。


「……クラウドの旦那、何のボケですか」

「……当たり前に使える魔法が、使えない。これだけ不便だとは」

 けれど、何も起こらない。

 項垂れるクラウド。だけど、仕方がないことだ。

 今、俺たちは魔法が使えない。このクルッシュ魔法学園に集まった魔法使い、シャーロットを除いた全員が危機的状況にある。

 俺が気を失ったことも、魔法が使えなくなったことも全てには理由がある。


「そいつは、そんだけのもんなんすか? その水晶は――」


 シルバがさっき握り潰した破片は、元は丸くて透明な水晶だったという。物思いにふける俺の周りで、勝手に話が進んでいく。


血酔水晶マヴロス。魔法使いならざる者が魔法使いと戦うために生み出した答えの一つ。というか、シルバ。お前、そんなことも知らんのか」

「うっさいなあ、クラウドの旦那。俺は魔法使いじゃないし、マジックアイテムとかは専門外なんすよ……で、俺たちはまんまと嵌められたと。ていうか、あいつらまじで何者なんすか。何個も用意出来るような代物じゃないんすよね?」

「あれは北方原産の代物だ。南方に持ち込むだけでも重い重罪。だが、奴らは……そういう連中だ」


 まだ絶句しているクラウドだけど、俺はあの水晶に見覚えがあった。

 ていうか、クルッシュ魔法学園で真っ黒豚公爵をやっていた頃は毎日、見ていた。

 だって、あの水晶は――。

 

 血酔水晶マヴロス

 シューヤがいつも肌身離さず持っている代物なんだから。


 質の高い血酔水晶マヴロスならば、あの火の大精霊すら封じ込めることも可能な代物。そりゃあ俺たちの魔力を閉じ込めることだって簡単だ。魔法使いを憎む非魔法使いが生み出したマジックアイテム。対象の体液を触媒に、魔法使いの力を封じ込める。

 そしてああいうヤバいマジックアイテムは、戦争を繰り返す北方原産って誰もが知っている。疑問があるとすれば、錆の連中がどっからあんなヤバいものを手に入れたのか。それにあの数……。


「で、父上たちは呆気なく負けたわけか」

「はい……あのスロウ様、公爵様たちは大聖堂に……」


 シャーロットが集めてきた情報だと、父上たちは確かにマグナ筆頭を追い詰めていた。追い詰めて、追い詰めて、父上は再び公爵家の軍門に下るようあいつらに命じたらしい。だけど、錆の連中は父上の申し出を拒否。

 そうなれば、父上も陛下の望みを叶えるほかなかった。つまり、殺し合いだ。


「シャーロット、父上の容態は?」

「……」

「シャーロット?」


 そして、父上は公爵家の秘宝を使った。

 力の指輪パワーリングと呼ばれるマジックアイテムは、公爵家が他国に恐れられるようになった由縁だったりする。

 だけど使用者に大きすぎる力を与えるマジックアイテムは大体が副作用持ちだ。だから、本当に強い奴はマジックアイテムに頼らない。

 でも、父上は使わざるを得なかった。

 それだけの相手、そして笑えるぐらいの完敗をした。


「……意識不明、昏睡状態ってあの子が教えてくれました……」

「そっか」


 あの子っていうのは父上の従者。ミントのことだろう。

 はあ、ミントもついていないな。初めてのお披露目がこんなことになるなんて。

 シャーロットによると、父上らが集まっている大聖堂の辺りはまさにお通夜状態らしい。そういえばモンスター襲撃があった時も生徒はあそこに避難したんだっけ。奇妙な因縁を感じてしまう。あの時も大変だったなあ……。


「坊ちゃん、どうするんすか。笑いごとじゃないっすよ」

「悪い」

 

 笑いごとじゃない、勿論、分かっているさシルバ。

 ヨ―レンツ騎士団は魔法を奪われた。そして俺も、その一人だ。精霊の姿はきちんと見えている。けれど精霊が俺に興味を持っていない。不思議な気分。今の俺は魔法が使えない。でも、この世界に生きる大多数にとってはそれが当たり前なんだよな。


「どうするかなあ……」

「坊ちゃんなら、風の大精霊様を――」

「シルバ、それは無し。そんな単純な話じゃないんだ」

「す、すみません」


 でも、シルバがそう考えるのは無理もない。

 ヨ―レンツ騎士団の連中だって、時間がたって冷静になれば俺の力に縋ろうとするだろう。風の大精霊の寵愛を受けた俺は向かう所敵なしだからな。


 まったく、全てが父上の手のひらなんじゃないかって思えている。

 ここで活躍してしまえば、俺は一気に祭り上げられるだろう。

 俺を公爵家当主とするための父上の策略。そう思ってしまうのは俺の考えすぎか?


「……スロウ様、あちらから」


 顔を上げると、道の向こうから数人の騎士がやってくる姿が見えた。公爵家の騎士であることを現す紅の外套。中にはヨ―レンツ騎士団副団長ガリアスの姿も見えた。俺の力を縋ろうとするその姿、戦っている時とは別人だ。

 魔法を奪われた騎士ってのは、案外弱いもんだな。


「シャーロット、皆は父上のいる大聖堂へ。俺も後で向かうよ」


 立ち上がる。立ち上がるしかなかった。服についた土をはらって、シャーロットに向き直る。ここでうだうだ考えていたって仕方がない。シルバやクラウドは、俺の考えを理解したのか顔色を悪くする。勿論、危険なことは百も承知。

 何せ今の俺も魔法が使えない。対して奴らは元気一杯。


「もし父上が起きたら、伝えて欲しい。あんたの後始末は俺がつけるって」


 でもこれは、俺の仕事だ。

 ヨ―レンツ騎士団の誰かに任せられるわけもないし、クラウドもシルバも、当然、シャーロットにも任せられない。

 公爵家当主バルデロイ・デニングに呼ばれたのは、サンサじゃなくてこの俺だ。


「……」


 そして黙って頷いてくれるシャーロット。

 歩き出すと後ろから危険だとか、風の大精霊様の力を、とか喚く騎士の声が聞こえたけど、俺は完全に無視して、錆の連中がいるだろう学園奥部に向かうのであった。

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