426豚 風の大精霊

 い、いてえええええええええええええええええええええ。

 

「スロウ様!」


「しゃ、シャーロット……」


「でもスロウ様の手に、矢がずっぽり! う、うわあ……痛そう……」


 止めてくれ、シャーロット。俺の手がどうなってるか考えさせないでくれ!


 俺の手のひらには父上の従者が放った弓矢が刺さっている。


 駆け寄ってくるシャーロットにこれぐらい大したことないぜって顔をしてみせる。でもそれはやせ我慢だ。本当は気絶したい。

 今すぐにでも転がりまわって、絶叫したかった。

 だけどここで痛みで転げまわったら、俺の威厳が保てない気がした。

 

「だ、大丈夫だよシャーロット……あとでヒールするから…………」 


 こんな場所で殺人事件なんて見過ごせるわけがなかった。


 俺の行動にあれだけ騒がしかった騎士連中さえも静まり返っている。

 いつもは喧しいクラウドの魔剣も空気を読んで、縮んでいるし。触手が元気なく、地面を唸っている。それだけ俺の行動が信じられなかったのだろう。


「若様……俺は貴方がたの敵……この傷は、跡になります……」


 ミントの狙撃から俺が守った男、石仮面の男。

 仮面を付けているから表情は分からないけど、声の感じから騎士連中と同じように理解出来ないって顔をしているんだろう。


 まあな。俺が庇わなかったら、こいつは間違いなく死んでいたよ。

 感謝してくれ。あの子が放った矢には生半可な結界じゃ意味ないと瞬時に判断して、自分の身体を投げ出したんだから。


 今一番気にするべきは彼女だった。

 父上の隣に立つ、一人の少女。険しい顔で俺を睨みつけている。


「殺しは無しだと言った筈なんだけどな……」


 そうなのだ。

 俺はクラウドにゴーレム使いである石仮面ロックを捉えろと命令を出していた。

 シルバに光の付与剣を解放させたのだって、背後に庇うこの男を捕まえるためだ。

 父上には厄介なゴーレム使いを引きずり出すと、事前に話を通していた。

 なのに父上の従者である彼女は、俺の意に反して殺そうと力を使った。


「ミント……今の攻撃は君の独断か……?」


 腹の底から隠しきれない怒りが込み上がる。声を抑えるのに苦労したさ。


「若様、その男は敵です。死んで当然の男をどうして守るのですか」


 だけど、ヨ―レンツ騎士団に守られるように立つ父上の従者ミント。

 彼女ははっきりと、こいつらが敵だと言った。

 ミントの声に反応するようにヨ―レンツ騎士団の連中が再び敵意を剥き出しにしている。表情から感情が読み取れないのは、父上だけだ。

 あの狸爺がミントにロックを殺させようとしたのか? 元から大して信じちゃいないけど、物騒にも程があるだろ。


「ただの喧嘩だろ……こいつらはヨ―レンツ騎士団の誰を殺していない」


「彼らの存在価値はもうありませんよ。若様もご存知でしょう、その者たちは全員が罪を犯した犯罪者。公爵家が後ろ盾となることで生きることを許されていた」


 事実だ。間違っちゃいないよ。

 現に、俺の後ろにいる男もそう思っているだろう。どうにもならない犯罪者を、公爵家は飼っている。いや、飼っていたって言った方が正しいかな?


「若様も気づいておられるでしょう。公爵様は、女王陛下からその者たちを殺せと命を受けています。これまで誰のお陰で生きながらえてきたと……恩を忘れて公爵様に歯向かうなんて、もはや守る価値のないただのクズ。公爵家が庇護しなければ生きることも許されなかった者たちです――」


 違う。

 ヨ―レンツ騎士団も、この仮面連中も。

 どちらも公爵家には必要な力なんだ。そしてアニメ知識をただ持っている俺よりも、こいつらに助けられた父上が錆の有用性を知っているだろう。


 ミントの隣に立つ父上の表情は、無だ。

 俺に助けられて動揺している後ろの石仮面よりも、何を考えているかわからない。


「……坊ちゃん、盛り上がってるとこ、悪いんすが――も、もう、無理だああああああああああ! この力、止められねえよ!」




 あ、やばい。シルバのこと、すっかり忘れていた。

 この緊張をぶち壊すのはクラウドの触手剣だと思ってたんだけどな。


 シルバは死にそうな顔をして付与剣を握っている。あいつが焦っている姿を見るのは珍しいけど、あいつに与えられた剣ってのはそれ程のもんだ仕方ない。

 

「付与剣の力が――学園に、落ちちまうッ!」


 確かに光の大精霊から今も力を引き出し続けているあの剣。


 騎士国家の国宝、光の付与剣は、守護騎士ルドルフ・ドルフルーイ以外の人間では完璧に扱うことが出来ない素敵な剣だ。混じりっけ無しの純粋な平民、シルバに付与剣が持つ力を制御しろなんて、初めから無理な話だったんだ。


 シルバが声を上げることで、この場にいる全員が気づいただろう。

 この場で最も危険な存在は、恐ろしい触手剣を持つクラウドでも、遠距離狙撃を得意とする公爵の従者でもない。

 大精霊の力を借り受ける資格を得た、光の付与剣を持つ平民だったことに。


「……スロウ様、あの……これは傷になります。こういう場合って、名誉の負傷って言うんでしょうか……?」

「シャーロット。それよりもスカートを抑えておいた方がいいと思うな」


 だけど俺は、シルバに力を使わせながらも何の心配もしていなかった。

 今も俺の手を見ながら、どうやって矢を引き抜こうか心配している呑気なシャーロットがこの場にいるからだ。


「え……どうしてですか?」

「でっかい風が吹く――ほら」


 この場にいる誰もが肝を冷やしたに違いない。

 空に浮かぶのは、まじりっけ無しの巨大な魔力。

 あれを無に帰すことが出来る存在は限られている。少なくとも俺は無理。

 

「何故、ここに……」


 その呟きは誰のものだったのか分からない。

 けれど、全員の視線はそれに集まっていた。全員が惚けた表情で、そいつを見上げている。当たり前の話だ。人の短い人生の中で、そいつの姿を見られる機会なんて通常はないんだから。


「……風の大精霊、アルトアンジュ様が……」


 亡国ヒュ―ジャックが滅びてから、めっきり姿を消していた超常の存在。風の大精霊と呼ばれるシャーロットのストーカーが、唐突にその巨躯を現したのだから。



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