【敵視点】425豚 石仮面の男

 どれだけ輝く金属にだって、手入れを怠れば錆が生まれる。

 デニング公爵家に反旗を翻した男たち、錆を構成する面子に平凡な人間なんて一人とていなかった。


「……ひひっ、すっげえな……予想だにしなかったぜ……初っ端から最強のカード、光の付与剣を切ってくるなんて……」


 公爵家の当主が率いるヨ―レンツ騎士団。

 彼らが圧倒的な武力を用いて目に見える危機から民を守るというならば、騎士国家ダリスをあらゆる危機から守る、そのために命を捧げる愛国者が錆と呼ばれる彼ら。

 

「……スロウ・デニングの片翼、ひひっ……平民だってのに大した男だよ……」


 空を見上げる狼仮面、イチバンと呼ばれる男は空を見上げた。


 そこにはスロウ・デニングの片翼、剣士シルバが誇る力が具現化している。

 光のダリス王室から貸し与えられた光の付与剣。 

 あれを見た時、全身に感じたことなない鳥肌が走ったものだ。


「……ひひっ、若様……」


 空に浮かぶ太陽の如き輝きは、今にもクルッシュ魔法学園全体を押しつぶす。

 あんな力を学園に落とされたら仲間は一網打尽だ。交渉の余地を探すために魔法学園に潜んでいた彼らはヨ―レンツ騎士団の眼前に姿を現すことに決めたのだ。


 彼らは今、ヨ―レンツ騎士団が陣を構える、学園の入り口に向かっていた。


「あんたは……公爵家の中で唯一、公爵に逆らえる男だと思っていたけど……」


 スロウ・デニングと共にクルッシュ魔法学園にやってきた人間は3人。

 平民シルバ、貴族クラウド、従者シャーロット。

 錆にとっても、ヨ―レンツ騎士団にしても、勝手知ったる連中だった。

 問題は、平民剣士が王室より光の付与剣を引っ張ってこと。

 付与剣の存在は、背後に光のダリス王室が控えていることを意味している。

 つまりエレノア・ダリスは、この機会に錆の殲滅を期待しているということだ。


「ひひ、あれは逆らいすぎだろ……」


 付与剣に込められた光の大精霊の力を利用し、そのまま自分たちが隠れ潜むクルッシュ魔法学園に落とそうとするなんて、常軌を逸しているとしか思えなかった。


 だけど、想定外の行動によって、自分たちが奴らの目の前に誘い出されたのも事実。そしてその結果がこれだ。 


「――ぐ、ぐぎゃ、く、クラウド、クラウドオオオオおおおお!!」


「ははっ、クラウドの旦那! 久しぶりに見たぜ、そいつ!」


 人畜無害な顔の男、クラウドが持つ剣の形をした何か。

 不鮮明な声を吐き出す剣から、幾本もの触手が伸ばされる。


 うねる触手はどこまでも伸び、仮面の男たちに向かっていた。

 名前を捨て、生まれを捨て、公爵家当主の命令によって、暗躍を行う。それぞれがたった一人で敵地へ侵入し、破壊工作を得意とする専門家スペシャリスト


 スロウ・デニングの片翼クラウド・ムスタッドが所有する魔剣のことだって、よく知っていた。それでも行動が遅れたのは、平民剣士シルバの付与剣解放と同じく、これだけ早く切り札を切ってくるとは想像もしていなかったから。

 

「ロック……標的は……お前だ……ひひっ……逃げろ!」


 触手が執拗に一人の男を狙っている。

 石仮面を被る男だ。

 彼は仲間内からロックと呼ばれ、ゴーレム生成に極めて長けた魔法使いだった。


「ロックッ! 狙われているぞッ!」


 ――うるせえ、分かってるよ!

 ロックは胸の中で絶叫して、迫りくる触手から逃げまどう。


 ロックはゴーレムを用いた攪乱を得意とする錆の構成員。

 あのヨ―レンツ騎士団を相手にしても、逃走に全力を使えば生き延びる自信がある。しかし、そんなロックでさえも舌打ちせざるを得ない状況であった。


 ――まず、俺を仕留めるってか! 大正解だよ、若様! 大したもんだ!


 ロックはゴーレムを生み出し、ヨ―レンツ騎士団を翻弄してきた。

 今、ヨ―レンツ騎士団の連中が最も殺したい錆の構成員は錆の中で自分だろうと理解していた。だからこそ、徹底的に身を隠していたと。


 ――付与剣の力に誘い出された! あんなの、動揺するなって方が無理だろ!


 自分を守るべきゴーレム生成は間に合わない。

 触手は的確にロック目掛けて襲い掛かってくる。逃げられない。


「ひひっ……違う、触手じゃねい……矢だ! あのガキが、狙っている……!」


 ハッとして、ロックは顔を上げた。

 触手の中に飛来物が見えた。ヨ―レンツ騎士団、その奥に控える二人の人間。

 公爵家当主バルデロイ・デニング。横に控える専属従者が笑っていた。

 彼女が片手に持つ弓がしなっている。その時、太ももに痛みが走った。

 足に矢が突き刺さっていた。目にも止まらぬ、速さに再びロックは舌打ち。


「……ロック! ロック!」

 

 仲間の声――しかし、ロックは目を閉じる。彼はこれ以上の抵抗を諦めたのだ。


 触手の中に、空気を切り裂く光が見えた。

 あれは公爵家の専属従者による連続狙撃。デニング公爵がようやく戦場にお披露目した若き従者の力が、ロックの額を正確に捉えていた。


 息が詰まるぐらいの短い時間。

 デニング公爵の若き専属従者――ミントとロックの視線が重なり合う。

 

 ヨ―レンツ騎士団に守られるようにして配置された彼女の姿。

 戦場には余りにも似つかわしくない。それでも、ヨ―レンツ騎士団の男たちの隙間を縫うようにして放たれた一撃は、確実に自分の命を取ることを予感させた。


 ――公爵家に喧嘩を売ったんだ。覚悟はしていた。

 ――それでも、娘みたいな年齢の子供に殺されるなんてな。


 死を前にして、恐怖はなかった。

 自分たち錆は公爵家が抱える秘密の武装集団。


 存在を誰にも知られてはいけない。それでも、自分たちは誇りを胸に戦い続けた。

 来たるドストル帝国との大規模な戦争に向け、情報を収集。戦線が開かれれば、誰よりも先陣を切って、北方へ送り込まれることが決まっていた。


 ――女王陛下、デニング公爵。貴方がたは間違っているぜ。


 確かにドストル帝国は戦端を引っ込めた。戦争は起こらない、それは紛れの無い事実だ。だけど、今回の騒ぎで南方各国は気付いた筈だ。


 ドストル帝国が行動を起こしてから対処するのでは遅すぎると。


 だからデニング公爵の見えない手足、錆と呼ばれる彼らは決断したのだ。

 命を捨てて飼い主の手に噛み付いてでも、目を覚まさせると。


 ――はっ。残念ながら俺は一抜けだ。後は頑張れ、爺、イチバン。それに大国を自分たちの力で動かそうっていうんだ。俺たちは全滅だって覚悟しているぜ。

 

 眉間に突き刺さろうと飛来する矢、身体を貫くクラウドの剣から伸びる触手。


 どちらもロックの命を易々と奪い取るに十分な攻撃。

 しかし、その時は来なかった。しかも、何やら周りが騒がしいのだ。

 疑問に思い、ロックはゆっくりと目を見開いた。そして見た。


 ロックを守るように立っていたのは、仲間ではなかった。

 ロックの眉間を狙っていた少女の必殺の矢は、彼の手のひらに深々と突き刺さっていた。血が滴り落ちている。


 守られた? なぜ? だけど、事実だった。

 ロックを守るように彼がそこにいて、手のひらに突き刺さった矢を抜いた。


「スロウ様! 手が――!」

 

 まさかの行動に、彼の従者が叫んだ。

 痛みに歯を食いしばるスロウ・デニング。公爵家の堕ちた神童がそこにいた。


 

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