424豚 片翼の騎士

「スロウの若様、さすがにやりすぎでは! 王室から与えられた光の付与剣エンチャントソードは、いざという時の切り札だと――あのような使い方は言語道断だ!」


 ざわめくヨーレンツ騎士団。

 いきなり空に現れた眩い光の塊、あれは光の大精霊レクトライクルの力である。シルバが持つ光の付与剣エンチャントソードを通じて、王都にいる光の大精霊、賢者を気取る引き籠りの力を引き出しているのだ。


「大丈夫、シルバが頑張るから。暴発はしないよ」

「小僧はさっき……一度始めたら止められないと言っていましたが……小僧、そうだな!?」


 シルバを小僧扱い出来るなんて公爵家でも数えられるぐらいだ。だけど、父上の片腕的扱いのガリアスはシルバが公爵家にやってきた時から知っている。


「ああ……そうだ! ガリアスの旦那、俺に許された付与剣の全力解放は一度きりだ!」

「若様! 何をお考えなのか――暴発すれば魔法学園が更地になりますが……!」

「分かってる、分かってるって。何も考えていないわけがないだろ」

「本当に、理解しているのですか!? 何故、事前に相談をしてくれなかったのか!」


 血走った目でガリアスが詰め寄ってくるけど……暑苦しいことこの上ない。それに迫力もすごい。


「相談したらお前ら、止めるだろ」

「――当たり前だ!」


 大精霊の力が学園に落ちたら、結果どうなるかって?


 何もしなければ、あの巨大な力は魔法学園に叩きつけられる。

 俺はクルッシュ魔法学園を破壊尽くした男として、世界中で有名になるだろうさ。

 でも、ここまでしないと錆の連中は俺たちの前に姿を現さない。荒療治が必要だと思ったんだよ。多少のリスクを取らないと、望む結果は与えられない。


 修羅場を潜り抜けてきたヨ―レンツ騎士団の連中がここまで慌てているんだ。


 これから起こる爆心地。クルッシュ魔法学園に潜んでいる錆の連中にとっては――こいつら以上に慌てているだろう。

 だってほら――効果は抜群だったようだ。

 

「……ひひっ、どこのどいつだ……」


 そいつは門の上に急に姿を現した。


「いきなり付与剣をぶっ放すなんて……正気の沙汰じゃねえよ……ひひっ……」


 狼の仮面を被り、表情を隠した痩身の男イチバン。

 ヨーレムの町で森の中で、そしてあいつの姿は見るのはこれが三回目。


「……度肝抜かされたぜ、若様。ひひっ……これは予想してなかった……」


 ヨ―レンツ騎士団が敵対する錆の中でも高い地位を得ている男、イチバンの到来に現れて、ガリアスが目を見開いて声を上げた。


「――ヨ―レンツの騎士よ、剣を抜け! 臆病者のお出ましだ!」

 



 ほーら、出てきた。門の上に一人、また一人と姿を表す仮面の連中が見える。

 その数はざっと、ヨ―レンツ騎士団の半数ぐらいか。


 空にはクルッシュ魔法学園を軽く葬り去るだろう大精霊の力が浮かんでいるというのに奴らは自然体だった。

 むしろ、どっちかと言えば焦っているのはヨ―レンツ騎士団の方だ。

 

「――貴様らに逃げ場はない! 公爵家の力として誇りがあるのであれば、投降せよ!」


「これが噂に名高い公爵家のヨ―レンツ騎士団かっ、はは! 俺たちを浴びり出すことさえ出来ないんじゃ、名前倒れだな!」


 誰よりも前に出たガリアスを筆頭に、ヨーレンツ騎士団は臨戦体制。

 父上かガリアスの号令があれば、すぐにでも戦闘に移るだろう。けれど今は子供の喧嘩かってぐらい、二つの勢力がお互いに罵声を浴びせ合っている。特にヨ―レンツ騎士団の連中はやられ放題だったからストレスが随分溜まってるみたいだ。


「イチバン、脳筋のヨ―レンツ騎士団なんてどうでもいい! 俺たちの興味があるのは、そいつらだ! 特にそこの平民だ! お前は頭が逝かれてるのか! 空に浮かぶ光は貴様では扱え切れない力だろう!」


 仮面の男たちから罵声が光の付与剣を空に向けてプルプルと震えているシルバに向けられる。


 奴らだって俺たちが学園にやってきたことは当然、知っていた筈だ。

 だけど、切り札中の切り札ともいえる光の付与剣、全力解放をこんなに早く切ってくるなんて考えてもいなかったんだろう。


「坊ちゃん……そろそろ限界なんすが……」


 俺はやっと視界の中に目的の男を見つけた。灰色のくすんだ石仮面を被る男、錆のキーパーソン。土の魔法ゴーレム構築を得意とする、錆の戦術兵器。


 ヨ―レンツ騎士団の叫び声にかき消されながら、俺は石仮面の男を指さして。


「クラウド。捕まえろ」


 ●


「……ふう」


 人の良さそうな男がスロウ・デニングに囁きに導かれるように、集団から一歩進み出た。張り詰めた戦場の中にあっても人が好さそうな顔つきで、この場では場違いな一般人にも見えるかもしれない。


「……また。お前を使う日が来ようとは」


 まだヨ―レンツ騎士団へ戦闘の号令は出ていないが、その男は持っていた棒切れを包む黒布を解いた。薄い存在感が役に立つ。男が行動を開始しても、門の上に現れた仮面の男たちは誰も注意を払わなかった。


「……今日は厄日だ、なあ、そうだろ。俺にとっても、誰にとっても」


 黒布の下から現れた物体は棒切れではなく、剣であった。

 それはシルバが持つ壮麗光の付与剣とは異なり、禍々しい気を纏う剣であった。


 そこで、誰もが気づいた。おぞましい何かの発現、鳥肌が立つ。


「吸血の時間だ。もっとも、お前は吸血鬼なんて大層な代物じゃないが」


 少年から命令を受けた男。

 嘗てスロウ・デニングの両翼ツインを担った騎士クラウドは、天才剣士として持て囃されたシルバ程、名前を高めていない。


 それは彼が持つ静かな気質にも影響されているのだろうが、彼をスロウ・デニングの片翼足らしめた理由は彼だけでなく、彼が持つ武装にあったからだ。


「ぐげ、げげえええええげげ!!! よくも、閉じ込めてやがったな! く、く、く、くくくく、くらうどああああああああああああああ。俺を封印しやがったなあああああああ、嘘つき野郎がああああ」


 刀身の中に血走った目が生まれる。ギョロギョロとした目、黒い目玉が辺りを見渡し、己を持つクラウド・ムスタッドを捉えた。


 目玉と同じく、刀身に現れた巨大な口が叫びだす。

 剣の切っ先が触手のように裂かれた。そのまま持ち主の首を狙うと思われたが。


「……俺じゃない。お前の敵は門に上に立っている、あの石仮面だ。あいつを捕まえたら封印を解除してやる」

「え、ほんと?」


 モンスターが擬態する魔剣は力の方向を変更。目にも止まらぬ速さで触手を伸ばす魔剣。片翼騎士クラウドの力が向かう先には、呆気に取られる男たちが待っていた。




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