423豚 付与剣の解放

 学園の至るところに放たれたゴーレム。

 やっとのことであれを駆逐して、肩の荷が降りた俺はシルバとクラウドを連れて学園の公衆浴場に向かっていた。

 

「おー! スロウの若様も来ましたが! 先にやらせてもらってますよ!」


 中に入ると巨大な浴槽の中で大勢の男たちが疲れを癒していた。屈強な男たちは全員がヨーレンツ騎士団の連中だ。


「大体全員が揃ってるのか。ガリアス……一応聞いておくけど父上もいるのか?」


「まさか!」


 先に湯舟に入っていて、俺たちに声をかけてくる大男。

 父上の片腕、ガリアスは豪快だ。途中から合流してきた俺たちに歓迎の意思を示している。プライドの高い王室騎士団だったらこうはいかないよな。身体の汚れを流して同じ浴槽に入る。数十人が入っても一杯には到底ならなそうな巨大な風呂場。


「なあ。この湯舟、何人で沸かしてるんだ?」


「当然、一人ですなあスロウの若様!」


「ヨ―レンツ騎士団の連中はさすがだな……」


 普段はお小遣い稼ぎで10名近くの貴族生徒が火の魔法を使ってお湯を沸かしているんだ。たまにシューヤもやってたっけ。

 ただヨーレンツ騎士団ともなれば、たった一人の魔法使いで十分ってことか。


「何だよ。人のことじろじろみて」


「若。痩せましたなあ……驚きましたぞ。それにまた若と一緒にこうして湯舟につかれるとは、感無量とはこのことでしょう」

 

 そう言って、ガリアスはより深く身体を湯舟に沈めた。


「……おいシルバ。さっきから黙り込んで、なに落ち込んでるんだよ」


 俺の隣ではむすっとした顔のシルバ。そのさらに奥にはクラウドもいるが、クラウドがむすっとしているのはいつものことだ。


「だって坊ちゃん……今日、俺の出番なさすぎっす……」


 はあ、やっぱり気にしているのはそこか。

 今日のはただの小手調べだ、気にしても仕方がないんだけどな。


「シルバ、明日は朝から大勝負を仕掛けようと思っている」

「坊ちゃん……?」

「ほー、スロウの若様。一体どんな大勝負です?」


 本当はまだ言うつもりは無かった。ヨ―レンツ騎士団の連中は気付いていないけれど、この大浴場のどこかにも錆の連中が隠れているのだろう。

 ここでの会話はあいつらに筒抜け。錆ってのは、そういう連中なんだ。むしろ気が緩む浴場なんてあいつらにとっては恰好の情報収集源。


 だけど俺の経験上、シルバの調子ってのは戦局に大きく影響する。

 明日頑張ってもらうためにも、この辺で焚き付けておかないとな。


「今日、クルッシュ魔法学園に戻って分かったことがある。奴らの狙いは消耗戦、長引けば長引く程、公爵家のよくない噂が尾ひれをついて広まることになるからな」

 

 公爵家の評判を一番気にしているのは父上だしな。

 わざわざ俺をヨーレムの町から呼び出して、好き勝手していいとか、敵の大将を取れば自由にしてやるなんて言った理由。

 父上は俺に硬直した戦場を打破させたい、それに尽きるだろう。


「……そのためにも、奴らを俺たちの前におびき出さないことには始まらない。鍵はシルバ、お前だ。しょっぱなからお前の付与剣エンチャントソード、全力解放で行くぞ」

「っしゃ! 了解っす、坊ちゃん!」


 途端にやる気になるシルバ。


「――おーい皆、心して聞けー! スロウの若様が明日、奴らを誘い出してくれってさあ! 楽しみにしておけよー! 明日は荒れるからなー!」


 ガリアスの奴が声を張り上げて、騎士団の連中を鼓舞している。


 はあ、この緊急事態に何て呑気なって感じだけど……父上と錆の頭目は戦闘時間について厳格な取り決めをしているらしい


 公爵家筆頭のヨ―レンツ騎士団と錆の連中は日光が出ている間しか戦わない。つまり太陽が降りている今の時間はオフってこと。

 

 ぶっちゃけ、戦闘時間の縛りは俺たちにとってはメリットしかない。

 あいつらが活発に活動する時間帯は夜だからな。さて、次は……こっちだ。


「おい、クラウド。あれ、クラウド? あいつ……どこに行った?」

「スロウの若様。クラウドなら、そこにおりますぜ」

「……いつの間に」


 湯舟の外で身体をごしごしと洗っていたクラウドが俺に顔を向けた。

 あいつ……いつの間に湯舟を出ていたんだ……相変わらず影の薄い奴め。


「クラウド、勿論剣を持ってきてるよな?」

「え? スロウ様、当たり前ですけど……」

「とぼけんな、お前が今日持ってた偽物の方じゃない。本体に決まってるだろ」

「ちょ、スロウ様!」


 クラウドの身体が固まった。

 同時にヨ―レンツ騎士団の連中、喋り声が一斉に止んだ。


「クラウド、お前の力はヨ―レンツ騎士団の連中と比べたら腕が一歩落ちる。差を埋めるのが、本体の剣だろ」

「スロウ様、ここでその話は……止めてほしいといいますか……」


「いいだろ。ヨーレンツ騎士団の連中は全員、知ってるよ。お前が持つ剣の一本は、うちの蔵から盗んだ秘剣だってさ」


「おいー! 盗人クラウド――! お前、まだ返してなかったのかよ! 返せ!」


 ヨーレンツ騎士団の連中にしばかれているクラウドを尻目に、俺はそそくと大浴場を後にした。向かったのはシャーロットのところだ。


 シャーロットには風の大精霊さんが隠れていそうな場所を探してもらっていた。

 だけど、結果は不明。風の大精霊さんの姿がどこにも見つからない。けれど、あいつは学園のどこかには絶対いる。そこについてはシャーロットも俺と同意見。


 風の大精霊さん、どこに隠れているか知らないけど、あいつもだ。錆の連中だけじゃない、明日の朝一番にはあいつだって俺の前に連れてきてやる。



「――それでスロウの若様、一体、何を始める気で?」


 翌朝、俺の周りには大勢が集まっていた。

 ヨーレンツ騎士団、総勢40名。学園の中からこいつらを引っ張り出して、崩れた正門の外に連れてきた。

 騎士団の後ろでは父上が従者のミントと一緒にこっちを見つめている。公爵家当主と専属従者。サンサと北方出身のコクトウもそうだけど、あれも異色なコンビだ。

 

「ガリアス、父上が俺を呼んだ理由は、戦場の硬直を破壊するためだ。お前たちでは、錆を相手にするには分が悪いからな」


「……はっきりと言いますなあ」


「別にお前たちが錆に比べて劣っていると言ってるんじゃない。分かってると思うけど、相性の問題だ、あいつらみたいにこそこそしてる連中、苦手だろ?」


「まあ……否定しませんが……しかしスロウの若様、シルバの小僧が使おうとしている剣はここぞという時のために女王陛下から与えられた剣では――」


「分かっていないな、ガリアス。今がその時なんだよ」


「……と言いますと?」


「戦場をひっくり返す、大精霊の力を使うには今を置いて他にない」


 名声を大陸南方に轟かすデニング公爵家のヨ―レンツ騎士団。

 百戦錬磨の男たちでさえ興味に目を見開き、学園に向かって剣を構えたシルバを見つめている。


「……」


 さっきからシルバはずっと目を閉じて、あの調子だ。

 

 精神統一。シルバですら、付与剣の力を使う時は緊張するらしい。


「――坊ちゃん、いいんすね? 一度始めたら、止められないっすよ」

「かまわない。それぐらいしないと、奴らは出てこない」


 シルバが持つ白銀の剣、余計な装飾をそぎ落とした刃。

 騎士国家ダリスの心臓。今も王都ダリスに鎮座する光の大精霊レクトライクル、見かけは純粋な男の子だけど、中身はどす黒い超常の存在。


 風の大精霊さんと同格の無垢な賢者、奴の無尽蔵な力を引き出すことが出来る国宝の所有を許された二人目がシルバだ。


「やれ、シルバ――」


了解、坊ちゃんイエス、マイロード、じゃあ遠慮なく」


 膨大な魔力は色を持つ。


 それは鈍い白光――光の大精霊の力が上空に権限。空から落ちてくるサラサラとした白砂はシルバが制御し切れなかった力の余波だろう。


秘儀、星砕きスターライト


 人間では不可能とされる領域にまで高められた魔力の塊が、空からゆっくりとクルッシュ魔法学園に向かって落ちていく。

 


 ●


 地平の道をかける二つの優れた馬。

 騎士国家の民は、街道の上で彼らの姿を見つけると慌てて道を開けた。


「ッ、馬鹿か! 光の付与剣エンチャントソードが解放された!? 早すぎる! 私が聞いていた予定では、もっと先の話だと! くそ、やはり平民に付与剣を与えるべきではないのだ……ッ!」


 アニメの中では裏切りの守護騎士ガーディアンとして名高いセピス・ペンドラゴン。

 鮮やかな水色の髪を持つ若き王室騎士は額に浮かぶ玉のような汗を振り払う。


「ええい、やはり貴様は足手纏いだッ!」


 セピスは後ろを振り返った。

 彼の目に映るのは、赤い短髪の新入り王室騎士ロイヤルナイト。わざわざ質の高い馬を譲ったにも関わらず、両者の距離はどんどん離されていく。セピスの目には全てが凡人に映るシューヤ・ニュケルン。彼に向かって、セピスは声を張り上げた。

 

「予定を繰り上げ、明日の夕刻にはクルッシュ魔法学園の到着を目指す!」


 ――団長! なぜ、私があのような化け物の面倒を見なければならぬのだ!


 シューヤ・ニュケルンには王室騎士の資質が足りない。

 セピス・ペンドラゴンがシューヤ・ニュケルンと同世代であった頃、水色の騎士は現在のシューヤよりも遥かな高みに立っていた。


 セピス・ペンドラゴンはクルッシュ魔法学園の学長を務めるモロゾフ・ぺトワークスの推薦を受けて魔法学園卒業後、即座に王室騎士となった優れた魔法使いである。


「聞こえているのか、シューヤ! 明日だ! 我々は、明日クルッシュ魔法学園に向かうのだ! 私の声が聞こえたら、意思を示せ!」


 セピス・ペンドラゴンの声を聞き、シューヤ・ニュケルンは小さく抗議の声を上げた。無理だ、無理に決まっている。たった数日でクルッシュ魔法学園に向かうことが既に無茶なのだ。それなのに――明日への到着を目指すなんて。馬鹿か。


雨天ドライブ――後方の暴風エクスブルーム


 けれどシューヤの前方を走る水色の王室騎士、セピス・ペンドラゴンは魔法詠唱を開始した。それは後方から前方に向かい、吹きすさぶ暴風を発生させる風の魔法。

 

「シューヤ、私に付いてこれないなら――置いていくッ!」


 シューヤ・ニュケルンには、まだ分かっていなかった。 

 なぜ、先輩王室騎士であるセピス・ペンドラゴンが突然、焦り出したかを。




―――――——―――――――———————

【読者の皆様へお願い】

作品を読んで『面白かった!』『更新はよ』と思われた方は、作品フォローや下にある★三つで応援して頂けると、すごく励みになります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る