412豚 危機感が無いらしい
「あー、怖かった! スロウ様、私、まだ心臓がドクドクしてます……!」
クルッシュ魔法学園に続く見慣れた森の中の街道を俺たちはゆっくりと歩いていた。
道の先には誰もいない。それに何の音も聞こえないんだ。静けさに包まれた森の中を俺たちはゆっくりと歩いていた。
「びっくりしすぎだよ、シャーロット。昔は建物から飛び降りるの楽しんでたじゃん? 確かにそこそこ高い建物だったけど、あんなの遊びみたいなものだって」
「馬鹿なこと言わないで下さいスロウ様! 幼い時とは違いますからっ! 私も大人になって、ケガをしたときのことかいろいろ考えたらもう怖くなっちゃいます」
俺の隣を歩くシャーロットは両腕で身体を抱きしめた。どうやら地面に叩きつけられた時のことを考えてしまったみたいだ。
「シャーロットは俺のこと信用してないの? 俺が魔法を使って支えるんだから大丈夫に決まってる!」
「そういう問題じゃありませんから! 万が一があります!」
俺とシャーロットの様子を少し後ろからついてくるシルバとクラウドの二人が見て、けらけらと笑っている。あの二人だって窓から地面に飛び降りる前は相当びびっていたくせにな!
勿論、一番怖がっていたのはシャーロットだ。窓から飛び降りる勇気を持つまで十分近くかかっていた。
「……あのですねぇ、私たちピクニックに向かうんじゃないのですよ。若様方は今の状況がどういうことか分かってるんですか? 公爵家にとってはかなり危機的状況なんですが!」
そう言ったのは俺たちの先頭を歩く彼女、父上の従者であるミントである。
宿の中では随分とサンサに粘られたようだけど、魔法学園に向かう合流地点には俺たちよりも先に到着していた。仕事熱心なことで。
そろそろサンサも俺が宿からいなくなったことに気付いたかな。出し抜かれたとか思ってるかもしれないな。
「クルッシュ魔法学園に続く森の道が今! どれだけ危険かってこと、私きちんと説明しましたよね?」
「錆の連中がこの道を通る人間を敵認定してるって話か?」
「そうです! 若様も公爵様が相手にしている存在がどういう連中か知っているご様子ですから危機感を持ってください! 彼らは恐ろしい連中なんですから……」
「やばい奴らなのは知ってるけど、危機感なぁ……」
この道を行く者は父上と敵対している錆の連中に敵認定されるから、あんまり大きな音を立てて刺激するのはやめといたほうがいいってミントに言われている。あいつらがどこに潜んでいるか分からないからってさ。
「あの……ミントさん。スロウ様は危険なことに慣れちゃってるんです。別に悪気があるわけじゃないんです」
シャーロットがおずおずと口にした。
ナイスフォローだ。その通りなんだよ。正直、サーキスタ大迷宮に潜った時の方が遙かにやばかった。今回の相手は話が通じる人間だ、モンスター相手よりはよほどいいさ。
「ていうかですね。さっきから気になっていまして、若様達が背負っている荷物は何が入っているんですか?」
「……別になんだっていいだろ」
俺だけじゃない。
シャーロットやシルバ、クラウドの背中にも大きな鞄が背負われている。中に入っているのは俺がカチカチに凍らせた食材の山である。
「……もしかして食べ物ですか?」
なんで俺かわ睨まれないといけないんだ。
だってあの厳しい父上が管理する戦場に行くんだぞ?四六時中の管理下に置かれて、楽しみと言ったら食事ぐらいしかないだろう。1日三食きちんと取る、それが俺の基本スタイルなんだ。
冬に向けて寒くなってきた。
毎日暖かいスープを飲んで体を温めたい、そんな一市民として当たり前の考えは父上の部隊では通用しない。
絶対にあれだ。公爵家の奴らがよく戦場で食べている味気ないパサパサした粘土みたいな味の塊。あれをこれから俺たちは食べ続けてるんだ。
「若様、私たちは観光に行くわけじゃないんですよ? クラウド! あなたからも若様に何とか言ってあげて下さい」
「……俺に言われてもな」
困りきった顔のクラウド。
そういえばしばらくミントの下にクラウドがいたから、二人の間には上下関係があるらしい。端から見ればおかしな関係だなぁ。シルバのやつは案の定笑ってるし。少女に命令されるアラサー超えのおっさん、変な感じだ。
「……ミント。スロウ様は食には強いこだわりを持っておられる。味気ない乾燥食を食べるよりはよっぽどいい、かもしれない。士気の面でな」
「クラウド。若様に毒されて、あなたまで緊張感がなくなってしまうなんて……ただ、若様も安心してください。クルッシュ学園には私たちが数ヶ月は戦える十分な食料を持ち込んでいますから」
いやいや。だからそれがあのまずい乾燥食だろ?
俺はあれが嫌いなんだって!
本日は森の中にある山小屋で一泊することになった。
敵を刺激しないようにと言うミントの提案で歩きながらクルッシュ魔法学園に向かってるからな。十人程度なら楽に泊まり込めるログハウスが辺りに数棟立ち並んでいて、俺たちはそのうちの一つを借りることにした。
「ふぅ、こんなもんでいいかな? 夜は冷えるからな」
暖炉に魔法で火をくべたり、古ぼけた山小屋をすきま風が入ってこないよう土の魔法で修理。冬空で一夜を過ごすには心許ないから頑張っていると、どこからともなくミントがやってくる。食事の準備をしているシャーロット達と違って、ミントは周囲に怪しい奴がいないか確認する役目だった筈だ。
「さすが万能ですね。今、若様がやっていた魔法の効果、平民だったら数年かけて学ぶ技術ですね。公爵様が若様を頼りに思う気持ちがよくわかります」
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