411豚 三者三様の反応
ミントが部屋から出ていたとシルバとクラウドの二人が堰を切ったように喋り出す。俺は俺でミントのあの反応『若様が公爵様を助けてくれるんですか!? にショックを受けて考え中だ。
「ふう。俺たちを前にしてあの態度。公爵様もまだあんな隠し球を持っていたなんて……彼女は役者っすね」
「シルバ、お前もそう思うか」
「ええ、大したもんすよ。クラウドの旦那はしばらく彼女の下に就いていたんすよね。旦那から見てあのミントって子はどんな印象を?」
「タフだ。先代従者であるグレイス様の娘だけのことはある。才能も素質も正しく受け継いでいるが、才能はグレイス様を受け継いで有り余る位だな」
「……それは驚き。ていうか、坊ちゃん。あの子が出て行ってからずっと考え込んだ顔をしてますけど、どうしたんですか? ……坊ちゃん?」
あ、俺か。
「いやだってさ……ミントのあの反応。俺が父親の協力要請に素直に答えることそんなに意外だった?」
ミントのあの驚きっぷり。
俺って公爵家の中ではどういう風に思われているんだ?
父上のピンチだって言うのに差し伸べられた手を振り払うような冷血な奴だと思われているんだろうか。そうなら割とショックだよ。人生設計を見直すべきかもしれない。
「だって、坊ちゃん。ずっとご家族を避け続けているじゃないっすか。今だってサンサちゃんにあの態度だし。歩み寄ろうとしている気配がないっていうか」
「……ぐぐ。そう言われると言い返せない」
でも、俺はそんな薄情な奴じゃないっての。
誰かが危機的状況に陥っている際は出来るだけ助ける方だ。それは力を持つ者の義務だと思う。まあ、真っ黒豚公爵時代のことを言われると何も言えないが。
それにサンサを避けているのは、今回の相手に対して役不足だと思ってるからだ。
「しゃ、シャーロットもやっぱり驚いた?」
「スロウ様と公爵様が犬猿の仲っていうことは公爵家の方なら誰でも知っていますから……」
シャーロットは言葉を選びながら続ける。
「スロウ様が以前と変わったってことは……私やアリシア様は勿論、クルッシュ学園の皆様もちゃんと分かってますけど……公爵家の方々はまだ疑心暗鬼というか、特にスロウ様と公爵様は……」
俺が真っ黒豚公爵になった原因は色々言われているが、一番の理由として挙げられているのが父上が俺に対してスパルタ教育をやり過ぎたってのが定説だ。
公爵家に生まれついた子供は、将来騎士国家を支えるために尋常じゃ無く厳しい教育を受ける。クルッシュ魔法学園での教育が遊びに思えるぐらいの苛烈な教育を、幼い頃から専門の家庭教師から教え込まれる。
俺は生まれた時から次期公爵決定! って感じだったから、他の兄弟よりも特に可愛がりを受けていた。
「それより坊ちゃん。サンサちゃんにはどうやって説明するんですか? クルッシュ魔法学園に向かうにしても、この宿から出ることが一番のミッションだと俺は思ってるんですけど。今のサンサちゃん、必死っすよ? 公爵様に恩を売る機会なんて滅多にないっすからね」
「あーそれなら簡単だ。ちゃんと考えてあるよ。今のサンサとは鉢合わせしたくないからな。そこの窓から飛び降りて行く」
俺が指さした先には、大人一人でも問題なく身体が通り抜けられるだけの大きさを持つ窓があった。俺たちが滞在している宿は、周りの建物よりも一回り高い。
窓の外には広々とした青空が見えた。
「うっそ……俺みたいな平民にもそれ、強制しますか」
呆れたように肩を竦めるシルバ。
「え! ……冗談ですよねスロウ様」
救いを求めるようなシャーロットの目。
「……諦めるしかないだろう。こういうときのスロウ様はいつだって本気だ」
すぐに受け入れてくれたクラウド。三者三様の反応を見せる仲間たちの顔を見ながら、俺はほっと息をついた。
「
俺は最後の一つに残ったシャーロットお手製のリンゴパンを食べながら、指を窓を向けた。言葉と共に窓が開き、涼しい冷気が室内に入ってくる。
「クラウドの旦那、どうして笑ってるんすか……不気味っすよ」
「なに、昔を思い出しただけだ。スロウ様は何も変わっていないな。さすがだ」
「こういう所は変わってて欲しかったっすけど……」
三人の恨めしい視線を背中に感じる。
窓から飛び降りるなんて、力のある風の魔法使いにとっては日常茶飯事のことなんだけどな。
もっともシャーロット、シルバ、クラウドの三人は風の魔法なんて誰も扱えない。
だから昔は俺が三人を魔法で支えてやって無茶をしていたもんだよ。
よし、下には誰もいないな。
サンサの関係者は全員、宿の中に集まっているようだ。大方、階段を下りたミントを捕まえてクルッシュ魔法学園の情報を聞き出しているんだろう。
ミントがサンサ達に大切な情報を漏らすとも思えないけど――今ならサンサ達にバレずにこの宿を抜けることができる。
「それじゃあ誰から先に降りる? シャーロットから行く?」
「わ、私ですか!? ちょっと心の準備が――ッ!」
俺が魔法でバックアップしてあげるんだから大丈夫に決まっているのに。
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