410豚 シャーロットのリンゴパン

「昨日クルッシュ魔法学園で公爵様と、若様も知る彼らの間で話し合いが行われました。そこで面白い話を聞いたんですよ。若様が彼らの一人に接触したと! これには公爵様も驚いておいででありました! 無表情を保つのが精一杯のご様子でしたね」


 父上が驚くのも無理は無いだろう。

 あいつらは俺の兄弟たちにも伏せられている秘密部隊だからな。新しい公爵が誕生したら、奴らは次の公爵へ代々受け継がれていくのだ。錆の連中を好きに使って正義を為せって感じで。


「俺も驚いたよ。あの父上が俺にこんな素直に協力要請を出すなんてさ。家族の中じゃ一番嫌われてる自覚あるからさ」


 それに秘密主義のあの人は自分が担当している仕事に関しては極力一人でやろうとする人だからな。


「違います、若様。もともと公爵様は若様とサンサ様のどちらかに協力を依頼する予定ではありました。若様のことを評価されているのは、だれよりも公爵様その人です。若様もご存じでしょう?」


 澄ました顔で語っている。


 ミントは俺の新しい従者候補としてやってきた時はふにゃふにゃとした表情を見せていたのに、今はその感じが全くない。たいした役者だなぁ。


「へえ凄いじゃないっすか、坊ちゃん! あの公爵様にそこまで認められているなんて! ただ、その割にはあんまり嬉しそうな顔してないっすね」


 全然だよ。あのおっさんに評価されて喜ぶなんて理解できないって。父上が協力を依頼するって事はそれほどやばい案件ってことだ。

 サンサが父上から協力を要請された俺の立場だったら泣いて喜ぶと思うけど、俺は違う。


「おいシルバ。なに笑ってるんだよ、お前」

「いや、別にー」


 もちろんシルバも一時期公爵家にいたんだから父上のことをよく知っている。こいつは単にクルッシュ魔法学園で暴れたいだけだろ。


「あの……若様。私は公爵家の未来に関わる大事な話をしているのですが、いつまで食べ続けているので?」


「え? リンゴパンだけど」

 

 シャーロットが作ってくれたんだ。シャーロットはここのところ宿の料理人から魔法を使った不思議料理をずっと習っていた。


「うま、うまぶひ」


 ふっくらとしたリンゴパン。

 砂糖と塩、バターの甘味がいい感じ。レーズンを入れているのがポイント。ただ、それだけじゃない。一口大のパンの中にはクリームチーズが入っている!


 ドライイーストを入れてふっくらとさせて、こねこね。こねこね作業には俺も参加させてもらったぞ!


「……若様がヨーレムの町で人生を謳歌していたことをはよく分かりました」


 ミントは肩を落としながらそういう。

 父上は厳格な人だから、あの人の目があるクルッシュ魔法学園ではぼそぼそとした味気ないものを食べていたんだろう。


「ミントも食べる?」


「え……私がもらってもいいですか? シャーロットさんの手作りみたいですけど」

「ミントさんも、どうぞ!」


 シャーロットはどや顔で、自身満々。

 ミントはキラキラと輝くリンゴパンが積まれた山から1つ取り出すと口をつける。その姿はなんだかリスみたいだ。


「え」


 ミントの顔つきから厳しさが取れていく。そうだろう、そうだろう。


「美味しい、え。これ、シャーロットさんがつくったんですか?」

「はい!」


 少しだけシャーロットの料理の腕が上がっているような。これはうれしいことだった。サバイバル料理なら右に出るものはいないシャーロットだけど、こうやって普通の料理も上手に作れれば鬼に金棒である。


「シャーロットちゃん。本当にこれうまいよ」

「同感だ。店が出せる」

「あ、クラウドの旦那もそう思います? シャーロットちゃん、俺の知らないところで成長してたんだなぁ」

「シルバさん、そんな大層なものじゃ……」

「俺は魔法よりもこっちの成長のほうがいいな。坊ちゃんがシャーロットちゃんの好きなようにやらせてた理由わかりました。こいつはいいもんっすね」


 魔法は別に戦いのためだけにあるものではない。服飾だって建築にだって様々な分野に応用できるんだから、料理を通じて魔法の腕を上げることだって有りだと俺は思っている。もちろん公爵家の中じゃ褒められたもんじゃないだろうか。


 いつの間にか場は和やかな空気にまどろんでいた。


「って、私はお菓子を食べに来たのではありませんから! 若様と公爵様の確執は公爵家の人間なら誰もが存じ上げておりますが、事態は一刻を争います! 若様、この場で返答をいただいてもよろしいでしょうか」


「ああ、もちろん協力するよ。俺たちは今日にでもヨーレムの町を発つつもりだ」


 俺があまりにもあっさりと快諾を告げたもんだから、ミントは暫く目を丸くしていた。




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