409豚 公爵からの協力要請
ことこと煮込まれた野菜スープを一人ですすっていると、見慣れた顔の男が俺の部屋に入ってくる。シルバの奴、まるで自分の部屋みたいに堂々としやがって。
「坊ちゃんいつまで待機してるんですかー。退屈で死にそうなんですけど!」
「その言葉、今週で何回目だシルバ。もう少し待てって言ってるだろ」
「坊ちゃんが準備しろって言うから……すぐにクルッシュ魔法学園に出発するのかと思ったら……待ちぼうけなんてたまんないっすよ!」
こうやって退屈になるとシルバは俺の元にやってくる。
何か仕事をくれって訴えるんだ。暇なことはいいことだろ、何で無理して仕事をしようとするんだよ。
「……はあ、クラウドの旦那も働きもんっすよね。またこき使われてましたよ」
「頼られたら断れない性格なんだろ。昔からそうだったし、だからあいつは信頼されるんだ。シルバ、お前も少しはクラウドの姿を見習ったらどうだ」
「ないっすねー。俺はやる気が出ないと動けない性質なんで。坊ちゃんも見習ったらどうですか?」
「俺はやだ。休む時は休む」
退屈そうなシルバとは違い、シャーロットとクラウドは割りかし忙しい。クラウドはサンサに従う騎士に情報の集め方なんかを進んで実演しながら伝授している。
あれは性格だろうなあ。昔から損な仕事ばっかり押し付けられて、文句を言わず黙々とする働くクラウド。
昔と変わっていない姿に俺はちょっぴり懐かしみを感じていたりするんだ。
「シャーロットちゃんは宿の手伝いしてるし。あれって坊ちゃんの命令っすか?」
「あれも性格だな……シャーロットは仕事を見つけるのが上手いんだ」
「シャーロットちゃん。坊ちゃんの従者っすよね、それも専属。公爵家の専属従者が平民の手伝いなんて聞いたことないっすよ。いつの間にか厨房に溶け込んでるし」
「そう言うな。あんなシャーロットだから公爵家の中でも味方が多いんだ」
シャーロットは俺達が宿泊している宿の仕事を手伝っていた。
折角魔法に目覚めたんだから魔法の練習をすればいいと思うけど、どうやらこの宿の料理人の中に魔法を使う変わり者がいるらしい。
魔法で料理を作る平民にシャーロットは魔法を教わっているみたいだ。
「坊ちゃん。俺に命令してくれれば、一人でクルッシュ魔法学園の様子でも探ってきますよ? 何なら敵の一人でも生け捕ってきます」
「言っただろ。簡単に動ける状況じゃないんだ。今は待つ時だ」
「そう言っても一向に公爵様からの連絡なんてないじゃないっすか。坊ちゃんはサンサちゃんみたいに動き回らないんすか?」
「俺はもう必要な情報は手に入れたからな」
父上と敵対している錆の連中。
あいつらは北方のドストル帝国にちょっかいを掛けたいけれど、女王陛下はそう思っていない。父上も本心では錆の考えに賛成な筈だけど、女王陛下の意向には逆らえない。
「坊ちゃんが掴んだ話、サンサちゃんに教える気は無いんすか?」
「ないよ」
「サンサちゃん、かわいそー。坊ちゃんとサンサちゃん、仲が悪いんすか? 教えてあげたらいいのに」
父上の曖昧な魅度に痺れを切らした錆の連中が動き出し、父上は女王陛下の依頼を受けて奴らを殲滅することにした。流れとしてはこんなところか。
決して、的外れな考えじゃない苦だ。
「真相を知ったサンサに勝手な真似をされたら困るんだ。錆の連中は無関係な人間を決して襲わないからな。今のところ父上や父上が連れている騎士団を敵認定しているみたいだけど、サンサ達まで敵認定されたら面倒になりそうだ」
「ふーん……サンサちゃん達と協力してそいつらを殲滅したら良いと思うっすけどね。俺はただ、坊ちゃんがここまで待ちの姿勢を取るなんて珍しいなって」
錆の狙いもわかった、父上の考えも予想出来る。さて俺はどうすべきか。
勝手な行動は俺の専売特許だけと、今回は相手が相手だ。
「シルバ。恐らく父上は女王陛下の勅命を受けて動いている。クルッシュ魔法学園を戦場にする許可が出たぐらいだからな……陛下が関わってる問題に下手に顔を突っ込んだら軽い怪我じゃすまないぞ」
「……まあ、分かりますよ。陛下には俺も苦労させられましたからね。あ、そういえば坊ちゃん、サーキスタ大迷宮はどうでした? 潜ったんすよね?」
途端、身を乗り出してくるシルバ。
「……潜ったけど」
だけど俺にとって、サーキスタ大迷宮は思い出しくもない忌まわしい記憶だった。
強力なモンスターから逃げ出して何とか俺は地上に帰ってこれた。もう二度とサーキスタ大迷宮には潜りたくない。あそこは地獄だ。
「お前は中層まで下りたのか?」
「ギリギリって奴っすかね。中層に下りた時点で、一緒に潜っていたサーキスタの兵士の奴等がこれ以上は無理って大勢ギブアップしたんすよ。俺はもうちょっと冒険したかったなあ」
そう言って遠い目をするシルバ。化け物か、こいつ。
「中層に潜れただけでも大したもんだ。お前がサーキスタ大迷宮に潜ったことで騎士国家のメンツは保てただろ。よくやったぞ」
俺も一緒に潜ったのがシューヤじゃなくてシルバだったら、もっと楽な迷宮探査が出来ただろうな。無い物ねだりをしてもしょうがないけど。
それから暫くシルバの愚痴をだらだらと聞き続けると、まさかの名前が出た。
「それより坊ちゃん、坊ちゃんの同級主が一人、王室騎士になったとか。知ってます? 確か名前はシューヤ・ニュケルン――」
シルバの口からシューヤの名前が出てくるなんて。
あの熱血主人公様も有名になったもんだ。アニメの中じゃ大陸南方の救世主様になったけど、俺が未来を変えたせいでダメダメ主人公のままだったからなあ。
「おっ? 坊ちゃん、誰か来ましたね」
その時、扉がバコーンと開けられた。
「……」
まさかサンサか!? あいつが遂に実力行使に出たか?
ここ数日、あいつから逃げまくっていたから、そろそろ堪忍袋の緒が切れるかもとは考えていたけれど。
「クラウド――いきなりだな、どうした」
しかし、ドカドカと大きな足音を立てて入ってきたのは仏頂面な男、クラウド。
「スロウ様。外をうろちょろしてたので、捕まえてきました」
「あー、怖かった。サンサ様、私のこと完全に嫌いになっちゃったみたいですね。まあ、騙し続けていた私が悪いんですけど。それで若様。お元気でしたか?」
クラウドに首根っこを掴まれ、子猫みたいな姿を晒している女の子。
彼女は、俺の新しい従者候補としてサンサから紹介された凄腕でありながら、その正体は父上の専属従者というとんでもガール。
「ほちぼちだよ。それでミント。クルッシュ魔法学園にいる筈の君が何の用?」
「おめでとうございます、若様。公爵様から若様への協力要請です。公爵様はサンサ様じゃなく、若様を選ばれました一一」
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