406豚 バルデロイ・デニングの敵
他国との戦争で活躍する公爵家の活動をうちの表だとすれば。
――裏の活動は、錆と呼ばれる連中を使って国内の貴族を潰していくことだろうか。
「ひひっ……若様……俺、金持ってねえぞ……」
あんまりイチバンといる所を他の奴等に見られたくはなかった。
だから路地裏の寂れた定食屋を選んだ。扉を開けると、年配の店員が数人。お昼時だってのに客は少ない。店内にいた彼らは俺の姿を見て貴族だとは気づいたんだろうが、まさかスロウ・デニングだとは気づかなかったらしい。
サンサだとこうはいかないだろうな。あいつは超有名人だからさ。
「俺の奢りだ。好きなもんを食べてくれ」
「ありがてえ……ひひっ……じゃあ、遠慮なく……」
本来だったら公爵家当主しか接触することが出来ない部隊――錆のリーダー格。
イチバンと呼ばれる男と俺は今、机を囲んでいる。イチバンにとっては俺に話しかけられたことは晴天の霹靂だっただろう。だけど、イチバンの動揺はすぐに消えた。
「……ひひっ……おもしれえなあ……まさか若様が俺のことを知っていたなんて……公爵様だって知らないってのに……どんな手品だよ……」
イチバンは微妙に俯き加減で食事を始める。
だけど、こいつはこういう男なのだ。アニメの中でも最後の最後までシューヤと打ち解けることはなかったし、捻くれた奴なんだ。
しかし、分からないな。
なぜ、錆との関係が拗れてしまったんだろう。
アニメの中ではこいつらと父上の関係は何も問題がなかったはずなんだけどなあ。まさか父上が、錆との関係が拗れるぐらいの無茶な命令をしたか?
「おい、幾ら何でも食いすぎだろ」
「……ひひっ、若様……俺は遠慮なくって言ったぜ……」
忘れていた。こいつ、大食いだった。
でもまあいいか。
こいつらは国のために戦う愛国者だ。
アニメ中盤で帝国に潜入したシューヤ。付け狙う帝国の暗殺者から影でシューヤを守り続けた。これまでだって、誰よりも国のために尽くしてきた連中である。
やっぱり父上とこいつらの関係が
でも俺は俺にできる最善を貫いた。そこに後悔はない。ただ、知りたかった。
どうして今。父上と、父上の駒である錆の連中が対立しているのか。
「……ひひっ……夢みたいだぜ……若様が俺のことを知ってるなんて……しかも俺みたいな日陰者が一緒に食事をするなんてな……なあ、若様……あんたは……俺の名前も知っているのかい……?」
「イチバンだろ。父上の命令を受けて、現場で指揮を取るのは大体お前だ」
「……わーお。若様……あんた、とんでもない情報通が知り合いにいるんだな……? うちのボスが聞いたら、きっとその情報屋を教えてくれって言うぜ……」
錆の連中は絶対に表に出てこない。
あのサンサがどれだけ調べても、こいつらの情報を掴むことは出来ないだろう。
そんな秘密組織に接触出来るのは歴代のデニング公爵家当主だけだ。
女王陛下やマルディーニ枢機卿なんかは知っているだろうけど。
歴代の公爵家当主が錆と呼ばれる連中を飼っているってこと。だけどこいつらの正体は逆に言えばそれぐらいしか知られていない。
大多数の貴族はデニング公爵家にはやばい部隊がある、ぐらいのぼんやりとした情報しか掴めていないだろう。
「ふう……食った食った……悪いね……若様……奢ってもらって……」
「いや、お前らにはお世話になってるからな」
「ひひっ……その感じだと……俺達のこと、よく知ってるんだな……」
「勿論だ。お前たちはあくまで公爵家と協力しているだけであって、俺の父上に完全な忠誠を誓っているわけじゃないってこともな」
「……わーお。本当にすげえよ若様……どうして俺達のことに詳しいんだい……? あんたって人に……俺は……ひひっ、興味が出てきたな……」
イチバンを筆頭とする錆の連中は歴代公爵の指示に従い、騎士国家の汚れ仕事を一挙に引き受けてきた。記録にすら存在しない、抹消された存在だ。
「イチバン、錆と公爵家の関わりはとても深い筈だ」
「……ひひっ、そうだねえ……俺達は汚れ役だからねえ……」
「何でお前たちは父上と敵対しているんだ」
こいつらは一様に愛国者だ。
自分たちのような汚れ役を引き受ける人材が、必要だと理解している。それにアニメを見た俺は知っている。今の錆を構成しているのは、このイチバンを含めて全員がクルッシュ魔法学園の卒業生だってことも。
「……ひひっ、喋るつもりは無かったんだが……気が変わったよ、若様……特別に……教えてあげよう……俺達の長は……ドストル帝国のことを……」
イチバンは相変わらずどこを見ているのか分からない目、焦点の合わない瞳で俺に教えてくれた。
「危険だと……思ってる。でも……今の女王は……ドストル帝国を刺激したくない……ひひっ……俺達の考えは逆だ……今こそ攻めるべき……俺達は…危険を犯してでも……帝国を知るべきなんだ……」
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